第14話 始点にして再出発
ローグスミス帝国と魔族が統べるベルマーサ王国の間には、高さ8m前後の城壁が国境線に沿って延々と続いている。
転移前の世界で例えるなら、万里の長城が近いだろう。
ベルマーサ方面辺境司令官としてシャリアが拠点とするマーサ砦とは、これらの防衛施設を総括管理している根拠地だそうだ。
このような大がかりな防衛施設がある理由は主に二つ。
一つ目はローグスミス帝国とベルマーサ王国の歴史上、一時期争いが絶えなかったことだ。
今でこそ二国の状況は落ち着いてはいるが、数百年以上前は国境地点での小競り合いが日常茶飯事だったらしい。
当時、この一件に業を煮やした時の皇帝が国境に沿って城壁の建設を思い立ち、即実行に移したという。
ベルマーサ王国側は建設させまいとあの手この手を使ったそうだが、結局城壁は百年近くの時を掛けて完成。
長距離に及ぶ城壁が出来たことでベルマーサ王国は止むなく侵攻を諦め、貿易強化に舵を取ったらしい。
過去から現在まで、二国間の取引量は年々増加しているそうだ。
元は侵攻を食い止めるための建設された城壁。
今では、二国間における関係向上の証や切っ掛けと扱われることもあるらしい。
何とも皮肉な話だ
二つ目は、ベルマーサ王国側に広がる巨木が立ち並ぶ深く広い森である。
マーサ砦の城壁から見渡せる光景を緑一色に染める程だ。
問題はこの森には大小様々な魔物、魔獣、魔龍だけに留まらず、何百年という時を生きた巨獣も潜んでいるという点にある。
『魔』が頭に着く獣や龍というのは、一般人では逃げることも太刀打ちすることも敵わないとされ、文字通りに『魔法』を扱える強固な獣達だ。
尤も、彼等から取れる素材というのはそれなりの価値があるし、様々な装備品の材料にもなり得る。
師匠と私が住んでいた地域も一部はこの城壁と森に接している部分があり、必要に応じて魔物狩りをよく行ったものだ。
実際、秘薬に使った様々な原料も魔物達から集めたものが多い。
しかし時折、魔物達による縄張り争い、大量発生、巨獣が癇癪を起こしたりなど、理由は様々だが森から魔物達が溢れ出ることがあるのだ。
その際、魔物達は必ず帝国側に入り込んでくる。
おそらく、ベルマーサ王国側の方が森が深く長いことに加え、種族差による基本的な身体能力が魔族より人族の方が低いことが原因だろう。
だが、対処する帝国側は堪ったものではない。
過去には大きな町一つが犠牲になったことすらもあるそうだ。
魔族と魔物。
二つの侵攻に頭を悩ませた結果が延々続く城壁が建設された理由だが、現在におけるマーサ砦はまた状況が違う。
ベルマーサ王国の発展と共に、少しずつではあるが魔物達の住む森にも人の手が入り始めたのだ。
結果、縄張りを失った魔物達が逃げて向かう先は帝国側である。
現在、帝国は周辺国と戦争はしていないと聞く。
だが、マーサ砦には毎日のように魔物達が襲いかかってくるのだ。
おまけにマーサ砦の城壁も場所によっては老朽化が進んでおり、修繕しなければならない箇所が幾つもあるという。
襲いくる魔物を相手にしつつ、老朽化する城壁の修繕までしなければならない。
厳しく過酷な状況のため、マーサ砦では怪我人や死亡者が絶えず、帝国で尤も危険地帯と評されている。
付け加えると、いつ死んでもおかしくない僻地ということなだけあり、帝国における左遷先としても有名らしい。
文官なのに軍部に転属させられてマーサ砦に派遣されたとなれば、事実上死刑宣告に近い。
そうなった場合、大体の文官は辞表を提出するそうだ。
ただ、ここ数年。
シャリアがマーサ砦の指揮官に着任してからは死亡者は激減しているらしい。
多分、トーマス達から追いかけられていた時の様子から察するに、普段からシャリアが最前線に立って結界で兵士達を守っているのだろう。
マーサ砦の城壁と門が遠目に見える中、ザクスの記憶とシャリア達から聞いた話に考えを巡らせていたが、私はこの場所には個人的にとても嫌な記憶がある。
「……まさか、またここから始まるとはな」
感慨深さのあまり、ふと呟いてしまった。
突然転移して森の中を彷徨って街道に出て気を失い、目を覚ませば手足に鎖を繋がれ奴隷とし馬車の荷台に乗せられていたあの時、右も左もわからず天幕の隙間から外を見て目に入った建造物。
それこそが、マーサ砦の城壁と門だ。
私が放置されて命からがら抜け出た森こそ、ベルマーサ王国とローグスミス帝国の間にあるこの場所だった。
つまり、ここに良い記憶はないということだ。
「どうした、アラン」
尋ねてきたのは騎竜の手綱を握るシャリアである。
「この辺りには、ちょっとした縁があってね。懐かしかったんだ」
「そうか。ちなみに、その話は深く聞いた方がいいのか」
「いや、気にしないでくれ。大したことでもない」
頭を振ると彼女は淡々と頷いた。
「わかった。では、このまま砦に入るぞ」
高さ6m前後、横幅5m前後はあろうという門前に辿り着いて間もなく、「シャリア様が戻ったぞ」と城壁の上に立つ見張りの装甲兵が叫んだ。
重くきしむような音が轟かせて門がゆっくり開いていくと「ご無事ですか⁉」、「怪我人は⁉」と兵士達が次々と出迎えにやってくる。
シャリアは彼等に答えるべく、兜の眉庇を上げた。
「問題ない。ここに居る者に怪我人はおらん」
「畏まりました。ですが……」
兵士達が帰って来たシャリアと装甲兵達を見渡すと、何やら困惑したような表情を浮かべた。
するとその時、「殿下」、「姫様」、「姉上」という呼び声が一斉に砦内に轟く。
見れば三人の人物がこちらに向かって来ていた。
一人目は、軍服姿だが文官の雰囲気が漂う初老の男性。
さらっとした赤茶の髪と細い目付きに黒い瞳をしているようだ。
二人目は、軍服の上から動きやすそうな簡易的な鎧を身に着け、腰に二本の剣を差し、回転式魔拳銃も腰に一丁差している。
見た目は如何にも軍人という感じだが、表情は何やら気だるそうだ。
茶色でぼさっとした短髪にやる気のなさそうな目に黒い瞳をしている。
三人目は、最初の二人と比べれば少し小柄に見える。
だが、砦内だというのに何故かシャリアと同じ金色の全身鎧を身に着けており、顔も隠れて見えない。
そして、彼の足音だけ何やら耳に違和感を覚えた。
「アラン、紹介しよう。私の部下ジークとガドラス。そして、私の弟にして第五王子のオリナスだ」
「なるほど。彼等がシャリアをマーサ砦で支えている面々というわけだ」
一人目がジーク、二人目がガドラス、三人目がオリナスである。
三人は近くにやってくると、代表するようにオリナスが前に出た「姉上、ご無事で何よりでした」と会釈するが、彼は周囲を見渡して何やら重い雰囲気を発した。
「帰って来たのはこれだけ、ですか。随分とその……」
「……実は超越者の領内に入って間もなく、チャールズお抱えの特務実行01遊撃隊の総攻撃を受けてな。ここに居ない者は、皆死んだ」
「そ、そんな……⁉」
シャリアが淡々と告げると、オリナスを初め、砦内の兵士達からどよめきが起きる。
「おのれ、チャールズめ。殿下、だから私は反対したのです。殿下に付き従ったのは、マーサ砦内でも精鋭中の精鋭。この人的損害は計り知れませんぞ」
声を荒らげたのは初老の軍人ジークである。
「そう声を荒げるなよ。特務実行遊撃隊の総攻撃を遭い、姫様が帰ってきた。それだけでも、儲けもんだろうよ」
諭すように告げたのは、やる気のなさそうな軍人のガドラスである。
「貴様。どの口が言うか」
ジークは睨み付けて凄んだ。
「大体、貴様が超越者の助力を得ようと言い出したことが事の発端であろう。どう責任を取るつもりだ。殿下はこうして帰られたが、結局のところ超越者の姿は無い。これでは、優秀な人材を失っただけではないか」
「うるせぇな。まだその成果は何も姫様から聞けてねぇだろうが。早とちりしえてんじぇねぇよ」
「貴様……⁉」
ガドラスが舌打ちして睨み返すと、二人は互いに譲らず視線で火花を散らし始めた。
その様子を横目に、オリナスが傍に寄ってきた。
「姉上。それで、超越者の助力は得られたのでしょうか」
「残念だが、超越者アリサ・テルステラ殿は既に亡くなられていた」
「そ、そんな……」
シャリアの答えを聞き、オリナスは膝から崩れ落ち、兵士達の顔からも覇気が無くなる。
睨み合っていたジークとガドラスも悔しげに俯いた。
「だが、安心しろ。超越の後継者アラン・オスカーの助力を得ることができた。これで、チャールズとの戦いに間違いなく勝利できるだろう」
彼女の声が轟くと、一斉に兵士達の顔が明るくなって「おぉ!」と歓声が上がった。
「それで、姉上。そのアラン・オスカー殿はどちらにいるのでしょうか」
「うむ。ここに居る彼女がそうだ」
「彼女、ですか」
オリナスが首を傾げて、見つめた先には私が居た。
ちなみに、私の姿はシャリアの身体と騎竜の影に隠れて周囲にはほとんど見えていなかったと思われる
こんなに期待値が上がった状態出るのは少し恥ずかしいが、ここはやるしかない。
幼女姿で『超越者』と普通に名乗っても、彼等は信じられずに疑心暗鬼になるだろう。
やはり、ここは一つ皆の注目を浴びつつ、印象に残る自己紹介をしておくべきだ。
私は覚悟を決めると、その場から一気に跳躍して高さ8m前後ある門の上に立った。
「諸君、刮目したまえ。そして、安堵し歓喜しろ。超越【アンリミテッド】の私がきた」
風にマントを靡かせ、ドヤ顔で腕を組み毅然とした仁王立ちを披露する。
よし、決まった。
そう思った瞬間、高さのせいか猛烈な風が吹き荒れ、私のマントは靡くどころか開けてしまう。おまけにシャリアにもらったワンピースが風で舞い上がってしまった。
「ぬわぁああああ⁉」
裸体を晒してなるものかと、必死に舞い上がるワンピースを両手で抑えるがどうにもならない。
私のいる場所と地上にいる兵士達の高低差によって、今彼等が私を見上げた時にどんな姿になっているのか。
想像するだけで顔が火照り、恥ずかしくて居た堪れない。
「姉上。恐れながら、あの頭のめでたそうな幼女にして痴女は、本当に超越者なんですか」
「……あ、あぁ。間違いない、はずだ」
訝しむオリナスに、シャリアが決まり悪そうに頷く声は、私の耳にはっきり届いていた。
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