第13話 出立

「すまない。もう、大丈夫だ。君の顔が師匠と瓜二つでね。感極まってしまった」


「そうだったのか。では、改めて自己紹介をさせてもらう」


戦魔女は畏まって凜とした表情を浮かべ、こちらに手を差し出した。


「ローグスミス帝国ベルマーサ方面辺境司令官シャリア・ローグスミスだ。一応、皇女だが超越者のアラン殿には身分など関係なかろう。気軽にシャリアと呼んでくれて構わない」


彼女の強く歯切れの良い口調は皇女というより、軍人もしくは武人の印象を受ける。


私は握手を交わしながら頷いた。


「わかった。では、シャリアと呼ばせてもらうよ。しかし、私の事もアランと気軽に呼んでくれ。畏まる必要もない」


そう告げるとシャリアはきょとんするが、すぐに元の表情に戻った。


「では、お言葉に甘えてアランと呼ばせてもらう。互いに敬語も無しだ。それでいいかな」


「あぁ、構わない。よろしく頼む」


互いに微笑み合うと、彼女の背後に並ぶ装甲兵達が安堵したようなため息が聞こえてきた。


どうやら、私とトーマス達とのやり取りに相当緊張していたらしい。


「ところで、アラン。貴殿は先程、『師匠との約束を果たすため、私の危機に馳せ参上した』と言った。つまり我等に味方してくれる、という認識でいいのか」


「そうだな。その認識でいいぞ」


二つ返事で頷くと、今度は装甲兵達から「おぉ」と何やら嬉しそうな声が聞こえてくる。


だが、シャリアは顔を顰めた。


「その返事は有り難いが、我等の置かれている状況を理解した上で、だな」


確認するように告げた彼女の目はとても鋭く、強い意思が宿っている。


私は「勿論だ」と微笑み返した。


「ザクスの記憶で事の次第は既に大体把握している。帝国の継承権争いだろう。私がシャリアに付いた以上、万が一にも負けることはない。安心してくれ」


「そうか。それは有り難い。しかし、ザクスの記憶とはどういう意味だ。それに奴のこの状態は一体……」


「そうだな。そのあたりも踏まえて、色々説明しておくか」


私がそう言うと、装甲兵の一人が「お話中、恐れ入ります」と発した。


声から察するに、多分女性だ。


「今は一刻も争う状況です。マーサ砦に戻りながらお話をした方がよろしいかと存じます」


「む、それもそうか。アラン、悪いが一緒に来てもらえるか」


「わかった。あ、ちなみに何か着る物があればもらえないか。諸事情で服が消し飛んでしまってね」


布を開けて自身が裸マント状態であることを改めて告げると、装甲兵数名がどよめいてそっぽを向いてしまう。


「アラン。私が言える義理ではないが、女たる者。そう裸体を気安く晒すのはどうかと思うぞ」


シャリアが眉を顰めた。


「あ~……。そうだな、申し訳ない」


元爺。


つまり男ですと言おうと思ったが、それを説明すると色々面倒臭いことになりそうだ。


とりあえず、性別が変わったことは説明しないでおこう。


私が頬を掻いて平謝りをする間に、シャリアは自分が乗っていた騎竜に積んでいた荷物から白い生地のワンピースを取り出した。


多分、寝間着か何かだろう。


「やはり、アランには少し大きいな」


シャリアは私の身体にワンピースを合わせると「これぐらいか」と呟き、手持ちの短剣を抜いてワンピースの長い袖と丈を手早く切り落とした。


「その布下に、取りあえずこれを羽織れ。今はそれで我慢しろ」


「おぉ、すまん。恩に着るよ」


「気にするな、間に合わせだ。砦に戻ったら色々と用意しよう」


彼女はそう言うと、装甲兵達を見やった。


「では、これよりマーサ砦に急ぎ帰還するぞ」


こうして私は、シャリアが手綱を握る騎竜に乗って彼女達が本拠地とするマーサ砦に向かって出立した。



「……というわけでね。不老不死の秘薬を飲んでこの有様というわけさ」


「なるほど。それにしても不老不死の秘薬か。考えや発想が人知を超えているな。流石は超越者【アンリミテッド】だ」


シャリアの騎竜に同乗して移動中、私はこれまでに起きたことを説明していた。


余命幾ばくもない状況下で完成した不老不死の秘薬を飲んだ結果、この身体になったこと。


同時時期にザクス・アンダーソンを隊長とする特務実行01遊撃部隊の精鋭に襲撃を受けたこと。


そして、返り討ちにしたザクスの記憶を抽出したことで事の顛末を知ったことを告げた。


ちなみに、騎竜を駆るシャリアは再び兜を被っている。


「しかし、私の母方に伝わる話が本当だったとはな。驚きだよ」


「母方に伝わる話?」


首を傾げると、シャリアは騎竜の手綱を握ったまま語り始めた。


曰く、シャリアの母方の血筋を遡ると超越者アリサ・テルステッドの実妹に当たるそうだ。


実際、ザクスの記憶と師匠の過去を照らし合わせれば事実である。


しかし、数百年以上前の話になるので眉唾ものだと、ローグスミス帝国の現皇族や貴族達は信じていなかったらしい。


とはいえ、シャリアの実家も何の証拠もなく超越者の血筋と言っていたわけではない。


アリサ直筆と言われる文字が掠れた手紙は一部残っていた上、一族に口伝されていた言葉もあったという。


「その口伝というのが、『我が一族に危機が訪れた時、アリサ・テルステッドに礼を尽くして救いを求めよ』だ。しかし、まさかアリサ殿が既に亡くなっていて、後継者のアランに出会うことになるとは想像もしていなかったがな」


「それは私もだ。まさか不老不死の秘薬を試して間もなく、帝国の継承権争いに身を投じることになるなんて想像もしていなかったよ」


私は肩を竦めてやれやれと頭を振った。


それにしても口伝の内容を察するに、師匠の実妹は姉の性格をよくよく理解していたんだろう。


異世界を生きるにあたって私が信条としているのは、『恩には恩を、敵意には敵意を』である。


この信条は師匠から学び、受け継いだものだ。


超越者に数えられた師匠は、自身の力を無闇に使えばいらぬ争いが起きる上、他の超越者を刺激してしまいかねない。


そのため、師匠は人との関わり合いに必ず一つの決め事をしたのだ。


それが『恩には恩を、敵意には敵意で報いる』だったという。


師匠はあめ玉一つでも恩を受ければ、求めに応じてどんな形でも恩で返す。


逆に敵意を向けられれば、相応の敵意で報いて容赦は一切しなかった。


時折、恩を受けても悪質故に例外もあったが、基本的に信条を曲げることはない。


『礼を尽くして救いを求めよ』という口伝は、師匠の力を借りる上での絶対条件を後世に残している。


そして、その信条を受け継いだ私の力を得るための条件としても必須事項だ。


まぁ、私の場合、師匠に返しきれない恩と約束がある。


多少無礼を働かれても、シャリアは必ず助けるだろうが。


一転してシャリアと敵対するチャールズに目を向ければ、彼は既に竜の髭を撫で、虎の尾を踏んでしまった。


いきなり訪ねてくるだけならまだしも、暗殺命令を部下に下すなど言語道断。


もし師匠が生きていれば、今頃帝城には巨大隕石のような火球が空から落ちているはずだ。


着弾後には、焼け焦げた巨大な大穴しか残らないだろう。


比喩では無く、師匠がガチ切れしたら多分本気でやる。


今の私でも出来なくはないが、シャリアの目的はあくまで皇位継承権争い勝つことだ。


皇帝、いや女帝になっても治めるべき国と民がいないのであれば意味が無い。


「アラン、話は変わるが一つ気に掛かっていることがある」


「む、どうした」


聞き返すと、彼女の声が低くなった。


「今回、超越者に我等が助力を求めて動くことは内密に進められていた。だが、現地に入って間もなく、ザクスを隊長とするチャールズお抱えの精鋭部隊に襲撃を受けたのだ」


言わんとすることを察して「それなら……」と切り出した。


「シャリア側に裏切り者がいるな」


「話が早いな。その通りだ」


シャリアの声がますます低く、険しくなった。


「そして、その者の目星は既に付けている。アランが得たという、ザクスとの記憶と照合してもらえないか」


「お安いご用だ。それで、そいつの名前は」


「奴の名は……」


シャリアは、裏切り者と思われる名前を吐き捨てるように告げた。





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