第11話 肉と種
「な、なんだ。この化物は。くそ、撃て、撃て」
トーマスの指示と共に銃声が一斉に轟き、射出魔法が放たれる。
しかし、巨大な蟻達の甲殻には薬莢式自動魔小銃の魔弾程度では通じない。
隊員達は為す術なく次々と蟻達に捕縛され、阿鼻叫喚と共に黒い割れ目の中に引きずり込まれていく。
転移前の日本で見たパニック系やゾンビ系映画の如く、中々の地獄絵図である。
「……アラン殿。すまないが説明してもらえないか。見る限り、我々の理解を超えている」
「あぁ、驚かせてしまったかな。この魔法は……」
私は戦魔女達に魔力塊を元に呼び出した暴食蟻【グラトニー・アント】こと、アンについて説明していく。
端的に言えば、彼女はこの世界とは別次元に存在する並行世界【パラレルワールド】の住人だ。
彼女と知り合ったのは、師匠の実験に付き合った時である。
『アラン。お前はこの世界とは違う地球という世界から転移してきた。ということは、何かしらの方法で別世界と繋がることは可能なんじゃないか』
私が転移したことを正面から受け取った師匠は、この世界にある転移や召喚にまつわる文献、伝承を一時期かなり調べていた。
結果、莫大な魔力を捧げることで、別次元に存在する住人をこの世界へと呼び出す方法を見つけ出す。
その際、たまたま最初に呼び出して知り合ったのが『アン』である。
彼女が住む並行世界は『甲魔族』と似た種族が進化を果たして世界の頂点に立ち、多種族を従えている世界線だ。
そしてアンは、別次元の世界を統べる七王の一角として君臨する恐ろしい女王である。
何故、それ程の力を持つ彼女が私のお願いを聞いてくれるのか。
それは魔力を捧げる時、私の『奉仕者【パルヴェリア】』として一時的な契約を交わした上で召喚するからだ。
もし契約もなしにアンがこの世界に解き放たれたら、短期間の顕現でも相当数の生きとし行ける者が肉塊となって彼女達の胃袋に収まることだろう。
「……というわけでね」
「なるほど。しかし、いくら強力な援軍になり得るとはいえ、あまりにも危険過ぎる存在ではないのか」
戦魔女は首を捻った。
「いや、膨大な魔力を捧げて召喚しても、彼女達がこっちいられる時間は短いから問題ない。あくまで、一時的な援軍だよ」
私の魔力を糧に別次元から召喚している関係上、この世界に彼女が顕現できるのはその魔力が尽きるまでという制限時間がある。
それでも、彼等は『荒れてない狩り場で良い暇つぶしができる』という利点で召喚に応じてくれるのだ。
師匠がこの召喚魔法に会得した時には、別世界の知見を得るためにアンを毎日召喚していた時期があった。
あの時は、日々魔力がすっからかんになったものだ。
「それにしても、アラン。今日は生きの良い獲物がおらんのぉ」
「はは、退屈させてすまない。まぁ、今日は肉の日とでも考えてくれ」
退屈そうに欠伸するアンに、私は頬を掻いて平謝りした。
なお、彼女が召喚に応じてくれる理由は主に二つ。
一つめは本人も言っていた通り、彼女達の食事である『肉』の確保である。
そして、二つめが……。
「この糞虫共が」
考えを巡らせていた時、トーマスの怒号が轟く。
見やれば、巨大な蟻達が彼の射出魔法で貫かれて絶命していた。
「ほう。少しは生きの良いの男の子【おのこ】がおったようじゃな。どれ、折角じゃ。我も相手をしてやろうかの」
アンは目を光らせ、悠然と歩いて彼の前に出て行く。
周りを見渡せば、トーマス以外の隊員達の姿はもう見えない。
全員、別次元の世界に連れて行かれたのだろう。
「じゃが、お主。少し小柄じゃのう。ちゃんと種はあるのかえ」
「何、意味のわからねえこと言ってやがる。ふざけたこと抜かしてじゃねぇ」
目の前に立ち、何やら心配顔を浮かべたアンにトーマスは声を荒らげて射出魔法、自動魔小銃、手榴弾と次々に攻撃をして爆煙が立ち上がっていく。
だが、彼女の体を覆う甲殻には傷一つ付けられない。
アンは顔や腹部などに素肌が露出しているところもあるが、そちらも見る限りではかすり傷一つないようだ。
「はぁ……はぁ……」
「なんじゃ、お遊戯はもう終わりかの」
「く、くそったれめ……」
肩で息をするトーマスに、爆煙の中から姿を現したアンはやれやれと肩を竦めた。
「お主。見る限り、それなりの才能を持っておるようじゃが鍛え方がたらんのう。まぁ、良い。我が欲しいのはあくまで種じゃ。お主自身には興味がないからの」
「くそ。さっきから種、種と。何を言ってやがる」
トーマスが吐き捨てたその瞬間、アンは目にも止まらぬ速さで彼の背後に回った。
「わからんか。これじゃよ」
「な……⁉」
彼女は邪悪とも妖艶とも言える顔付きで舌なめずりしながら、彼の股下にあるものを丁寧に握った。
そう、アンが召喚に応じる理由の二つめが優秀な遺伝子を持つであろう異種族の『種』である。
アンが『我が子供達』と言って従える巨大な蟻達は、言葉通りに彼女の子供達だ。
しかし、子供を作る以上必要となるのが大量の『種』になる。
アン曰く、強い子供を沢山産むためには強い異種族の種がいるらしいが、相性も重要らしい。
彼女は、いつも最良の相手を探しているそうだ。
男からすれば、巨体ながらも豊満な美女に種を求められる、と聞けば嬉しいかもしれない。
だが、彼女の相手はそんな生易しいものではない。
朝から晩まで二十四時間休みなく、機械的かつ事務的にひたすらに種を搾取される。
そして、役に立たない、相性が合わない、絞っても出ないとなれば、肉塊されて彼女と子供達の胃袋に収まることになるのだ。
トーマス以外の先に連れて行かれた連中も、当然その運命が待っている。
まぁ、ザクスの記憶を見る限り、沢山の人達から散々搾取してきた連中だ。
搾取される側に落ちて、己の行いを悔いて死んでいくのがお似合いの最後だろう。
「お主、さっき我が子を殺したのう。しかし、我は許すぞ。代わりの子は、お前の種でまた産めばよいからの」
「ふざけんな」
背後に立つアンの囁きに、トーマスは激高して至近距離で魔法を放つ。
魔弾は彼女の顔に直撃して爆煙が立ち上がった。
「おやおや。弱き子は殺せても、我は殺せぬどころか、傷一つつけられんようじゃな」
「あ……あ……」
無傷で舌なめずりするアンの顔を間近でみて、トーマスは勝てないと悟ったのだろう。
もはや、彼の顔は絶望の色に染まっていた。
「では、連れて行くとしようかの」
彼女は優しく微笑み掛けると、手の爪先でトーマスの顔を軽く引っ掻いた。
その瞬間、彼は「が……」と目を剥いて力なく膝から崩れ落ちる。
アンは倒れたトーマスを肩に担ぐと、ご満悦な顔でこちらにやってきた。
「アラン、こいつは結構良さそうじゃぞ。返せといわれても、返さんぞ。いいな」
「他の奴等も含めて、返さなくて良い。散々こっちで好き勝手にやってた連中だ。肉でも種でも、アンの好きにすると言い」
「無論、最初からそうさせてもらうつもりじゃ。今のはあれじゃよ。社交辞令というやつじゃの」
彼女はそう言って豪快に笑うと、黒い次元の渦に向かって歩き始めた。
「ではな、アラン。また、よい肉と種があれば気軽に呼ぶのじゃぞ」
「あぁ、わかった」
気軽に呼べる魔力消費量ではないぞ。
突っ込みは心の中でとどめておき、私はアン達が次元の渦に入っていくのを見送った。
さらば、トーマス。
おそらく、お前と会うことも、二度とないだろう。
アン達が居なくなると、急にあたりがしんとなった。
私は咳払いをすると、改めて戦魔女に振り返る。
「さて、これで邪魔者はいなくなったな。良ければ、戦魔女殿の顔を見せてほしいんだが、お願いできるだろうか」
ザクスの記憶で見た映像を確かめるため、私はどうしても戦魔女の顔を自身の目で見たかった。
「……わかった」
戦魔女は自身の顔を覆う金色の兜をゆっくりと脱ぎ、素顔を見せてくれる。
彼女は白金色【プラチナブロンド】の綺麗な髪をしているが、今は兜を被るために後ろで団子上にまとめている。
本来の素肌は白いのだろうが、少し焼けたような後もあった。
目尻の上がった藍色の目は意志の強さを感じさせ、右目には縦一本の傷跡がある。
総じて、意志の強さを感じさせる武人のような雰囲気を持つ美女だった。
しかし、私の脳裏には同じ顔をした別人の声が次々と再生されていく。
『お前だな。世にも不思議な言葉を話す奴隷というのは。ほら、しゃべってみろ』
『面白い。本当に聞いたことのない言語だ。よし、気に入った。お前を買おう』
『まずは、言葉と文字を教えてやらないとな。あ、でも、まず名前がないと不便か。よし、決めたぞ。お前の名はアラン・オスカーだ。いいな、アラン』
急に目が潤み、鼻がぐずり出す。
もう会えない。
唯一、心細い世界から救ってくれたあの人に、もう会えない。
そう思っていたのに。幼女になった影響なのか、急に心細くなってしまう。
年甲斐もなく、目から涙がこぼれ落ちていく。
「師匠……師匠……」
「あ、アラン殿。急にどうした。まさか、私の顔がそんなに怖かったのか……」
溢れ出る涙が止まらない。
戦魔女の落ち込むような声が聞こえた気がしたが、私の脳裏には師匠との出会いが白昼夢のように再生されていた。
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