第10話 凄惨な死を与える奉仕者【パルヴェリア】

「さっき俺達の攻撃を止めたのは、戦魔女と痴女の結界が重なったからに相違ない。お前達、幼女にあまりに当てるなよ。構えろ」


彼の合図で百人近くの隊員達が自動魔小銃と射出魔法を構えると、戦魔女が私の隣にやってきた。


「アラン殿、私の背後に回れ。貴殿が逃げる時間ぐらいは稼げるはずだ」


「いや、お構いなく。それとさっき言いそびれたんだが……」


私がそう言って前に出た瞬間、「撃て」とトーマスの指示が発せられて自動魔小銃と魔法の魔弾が無数にこちらに向かって放たれる。


戦魔女と装甲兵達は身構えるが、私は全員を守るように結界を発動。


無数の魔弾は弾かれ、こちらには一切届かない。


「な、なんだと⁉」


トーマス達が目を丸くした。つい先ほども見たような反応だ。


無数の銃声と魔法弾が結界に着弾して爆音が轟く中、私は背後に立つ戦魔女と装甲兵達に振り返る。


次いで、白い歯を見せてニコッと笑いかけた。


「改めて自己紹介しよう。私はアリサ・テルステラの弟子にして超越【アンリミテッド】の後継者アラン・オスカー。師匠との約束を果たすため、貴女の危機に馳せ参上した。つまり、私は貴女達の味方だ」


「超越【アンリミテッド】の後継者……」


戦魔女と装甲兵達の戸惑いが、兜で顔を隠していても伝わってくる。


突然に空から現れた少女にそんなこと言われても、いきなり信じられない。


まぁ、当然の反応だろう。


「お前が超越者【アンリミテッド】だと。馬鹿な⁉」


予想外にもいち早く反応を示したのは、敵対するトーマスだった。


「超越者【アンリミテッド】のところには、ザクスとモフィ。その他、選りすぐりの隊員達が出向いたはずだ。ザクスとモフィは気に入らんが、貴様のような幼女にして痴女にやられる奴じゃない」


「どうも昨今の帝国は、人を見た目と段位測定で判断しすぎだな」


肩を竦めてやれやれと頭を振ると、私は地面に捨て置いた生きる屍ことザクスの襟首を掴んで持ち上げた。


「論より証拠。見たまえ、君達。チャールズ・ローグスミス殿下直属特務実行01遊撃部隊隊長ザクス・アンダーソン君のなれの果てだ」


「なに⁉」


驚愕の声はトーマス達だけではなく、戦魔女と装甲兵達からも同時に上がった。


「アラン殿、少し失礼する」


「あ、どうぞ」


生きる屍となったザクスの顔をまじまじと見つめる戦魔女。


何故か敵味方共に固唾を飲んで見守っている。


程なく、戦魔女は「信じられん」と呟いた。


「ザクス・アンダーソンで間違いない。帝国で尤も恐ろしいと表された男が、まさかこのような姿になるとはな。アラン殿は恐ろしいお方のようだ」


「そんな馬鹿な。じゃあ、モフィはどうしたんだ」


トーマスが叫ぶと、私は上空を指し示した。


「彼にとって記念すべき千人目の私が、犠牲者九百九十九人の恨みを晴らすため、もれなく空で跡形もなく焼却した」


「焼却、だと」


「あぁ、この玩具【おもちゃ】でね」


私は頷くと同時に次元収納を発動し、保管していた注入式対魔戦車砲を取り出した。


「な……⁉」


敵対する隊員達が一斉に目を見開いた。


ザクスの記憶では戦魔女達を暗殺した後、この兵器を使ってチャールズに敵対する人物の拠点を砲撃するつもりだったらしい。


なんにしても、彼等の切り札的な兵器がこちらにある以上、全て事実と認めざる得ないだろう。


「さて、次は君達をどうするかだが……」


私が一瞥すると、トーマス達の表情が険しくなる。


対魔戦車砲で薙ぎ払って一気に焼き尽くしても良いが、射程が長すぎるから森が燃え尽きてしまう。


かと言って、一人ずつやっていては面倒だ。


無いとは思うが、一人二人取り逃がしてしまう可能性もある。


彼等が連携して戦魔女達だけを狙い、私が防戦に徹した隙を衝かれれば万が一という感じだが、あり得ない話ではない。


それにここに居るトーマス達も、ザクスの記憶を見る限りでは悪逆非道の横暴を数多働いている。


世直しするつもりはないが、生かしておいても百害あって一利なし。


巡り巡って、意外なところで影響が出てくるのが人生というものだ。


ならば、試しもかねて『あれ』に任せてみるか。


「よし、貴様等に相応しい死に方は決まったぞ」


トーマス達に向かって指差すと、私は自分の魔力を三属性の目に見える魔力塊【まりょくかい】に変えていく。


周囲には魔力波による突風が吹き荒れ、私の胸の中にある三つの『魔核』が激しい鼓動を放つ。


「な、なんだ。何をするつもりなんだ」


トーマスが異様な私の魔力を察して戦きたじろぐが、もう遅い。


私は『あれ』を呼ぶべく、自らの魔力を捧げて契約を発する。


「全てを葬り去る深淵の闇、全てを焼失させる業火、そして、尽きることのない渇望。アラン・オスカーが命じる。我が魔力を糧に顕現せよ。凄惨な死を与える奉仕者【パルヴェリア】。暴食蟻【グラトニー・アント】」


告げた瞬間、私が体内から外部に生み出した三属性の魔力塊が一気に交ざり合っていく


間もなく、何もない上空が割れて大きな黒渦が生まれた。


そして、その中からゆっくりと人の腕、頭、足が出てくる。


全身が露わになって地上に降り立ったのは、豊満で妖艶な肉体が甲殻で覆われた八尺【約240cm】はあろうかという女性だ。


彼女は薄褐色の肌をしており、赤茶の長髪に優しげな垂れ目に黒い瞳をしている。


「誰じゃ。我をこんなところに呼び出したのは」


彼女が周囲を一瞥して威圧的に発した一言に、一瞬で空気が重く張り詰めた。


敵味方に関係なく彼女が恐ろしい存在だと言うことは直感したらしく、誰もが戦いている。


まぁ、その直感はあながち間違いではない。


「久しぶりだな、アン。私だ、アラン・オスカーだ」


「アラン、じゃと?」


彼女は眉間に皺を寄せて周囲を見渡すが、「何処じゃ。どこにおる」と見つけてくれない。


相当な身長差があるから、わざとではないはず。


私があからさまに咳払いして「こっちだ」と手を振ると、アンは「ほう……」と不敵に笑った。


「お主、死臭漂うしなびた爺から、これはまた随分と面白い姿になったもんじゃのう」


「はは、耳が痛い」


頬を掻いて苦笑すると、アンは「それで……」と笑った。


「我を呼び出したということは、ここに居る者全てを喰うてよいのじゃな」


「いや、こちらにいる戦魔女の皆さんと『これ』を除いた全てだな」


これとは、生きる屍となったザクスのことである。


「おや、『これ』は中々に良い種をもっていそうじゃのに。残念じゃのう」


「すまない。これにはまだ利用価値があるんでね。まぁ、あちらに居る方々も、こちら側では一応優秀な人材だから勘弁してくれ」


そう言ってトーマス達を指差すと、彼等はびくりと体を震わせた。


「こ、甲魔族を次元魔法で呼び出したのか」


トーマスの確認するような呟きに、アンが眉間に皺を寄せた。


「無礼者め。我をそのような者共と一緒にするでないわ」


彼女は彼等を一喝すると、「まぁ、よい」とため息を吐く。


「アラン、時間もない。そろそろ、いただくぞ」


「あぁ、構わんよ」


私が頷くと、アンは右手の親指を鳴らした。


すると、彼女の周囲に次々と黒い割れ目が生まれ、高さにして大人の腰半分ぐらいの大きさ持つ蟻が次々と這い出てきた。


「喜べお前達、貴様等は我等の血肉となり、種となるのじゃ。ゆけ、我が子供達」


アンの言葉を合図に、巨大な蟻達は次々とトーマス達に襲いかかっていく。





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