第9話 迂闊
装甲兵達は何者かに追われているらしく、彼等の背後からは次々と魔銃と魔法による魔弾が飛んできていた。
しかし、驚くべき事は、金色の鎧を纏った指揮官が殿を務めて結界を張ることで隊員を守っていることだろう。
通常であれば、指揮官は隊員達に守られるべき存在だ。
ザクスの記憶が正しければ、彼女の得意とする魔法は結界形。
自らが前に出る、もしくは殿を務めることで敵の攻撃から味方を守りつつ機を見て攻撃に転ずる。
それが彼女のやり方らしい。
しかし、彼女達の逃走劇にも終わりが訪れる。
森を抜け出てしまい、その先には底の見えない谷があったのだ。
崖の手前で十数名の装甲兵が反転すると、森の中からうじゃうじゃとザクス達同様の軍服と装備に身を包んだ輩が現れる。
上空からざっと見た感じ、輩は百人以上はいるのではなかろうか。
装甲兵は覚悟を決めた様子で騎竜から降り、背水の陣を敷く。
だが、それでも金色の鎧を纏った指揮官は兵達の前に出る。
その様子を輩共は嘲笑い、ある者は自動魔小銃を構え、ある者は射出魔法を構えた。
あれだけの一斉射撃、流石にあの子では耐えられんな。
私は再び空中で結界による足場を生成し、一気に跳躍する。
「魔女狩りもこれで終わりだな。ローグスミスの戦魔女」
輩を率いる隊長格らしい男が前に出て、勝ち誇ったように口元を緩める。
絶望的な状況を前にしているというのに、金色の全身鎧に身を包んだ戦魔女に怯む様子は全くない。
彼女は顔全体を覆う兜をしていることから表情を窺うことはできないが、ただ立っているだけだというのに凜とした気品と気高さがあった。
「さて、それはどうかな。終わりかどうかは、死ぬその時まで誰にもわからぬものさ」
「相変わらず、減らず口を叩く魔女だぜ。お前達、やれ」
全く戦かない戦魔女を見て、男が舌打ちをして吐き捨てると一斉に銃声が轟き、自動魔小銃と魔法による魔弾が装甲兵達に向かって放たれる。
無数の魔弾が戦魔女の展開した結界に当たるまさにその刹那、私はその間に入り込んで結界を展開する。
同時に、空中から勢いよく着地したことで土煙が舞い上がった。
「な、なんだ⁉ お前達、撃ち方止めろ」
輩の声が轟くと銃声が消えて程なく、あたりに強い風が吹き荒れ土煙が晴れていく。
風にマントが靡く中、私は右手に掴んでいたザクスをうつ伏せで地面に捨て置き、にやりと笑って輩達を見渡した。
「さぁ、諸君。刮目したまえ。そして、怯え、竦め。超越者【アンリミテッド】の私がきた」
折角、格好良く登場して台詞も決めたのに、輩も装甲兵も全くの無反応である。
いや、むしろ唖然としているというか、呆れているというか。
あの顔はなんと表現したら良いのだろうか。
何とも言えない空気の中、最初に口を開いたのは輩の代表っぽい男だった。
「な、なんだ。この頭のめでたそうな幼女にして痴女は」
「な……⁉ この私が幼女にして痴女だと。なんと失礼な男だ」
あまりに無礼な物言いに、怒りで顔が火照る。
私は指を指して声を荒らげるが、輩達はモフィやザクス達同様のにやついた目つきで舐めるようなこちらを見つめてきた。
「だってお前、裸体を俺達に見せつけてるじゃねぇか。裸に布一枚纏っただけなんて、誰がどうみたって痴女だろ」
「あ……⁉」
言われてみれば確かにそうだ。
おまけに、上空から勢いよく降りてきたことも相まってマントが思いっきり開けてしまった。
結果、私は意図せずに輩の面前で裸体を晒していたのだ。
迂闊、齢百歳越えにしてなんたる油断、なんたる失態、なんたる恥辱、なんたる汚点、穴があったら入りたい。
今度は違う意味で耳まで真っ赤になった私が両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込むと、輩達の嘲笑が轟いた。
「……幼女にして痴女殿」
「ぐは……⁉」
私の背後に立つ戦魔女が発した凜とした低くも綺麗な声は、兜でくぐもってはいるものの意志の強さと高貴さ感じるものだった。
しかし、だからこそ『養女にして痴女』という言葉が衝撃となって心へ突き刺さる。
私は背中を打たれた如く、頭を抱えながらのけぞるとそのまま四つん這いになってしまった。
「これは失礼した。では、貴殿の名を聞かせてもらいたい」
「……アラン・オスカー。アランと呼んでくれ」
四つん這いでがっくり項垂れたまま伝えると、戦魔女から「了解だ」と淡々とした返事が聞こえた。
「ところでアラン殿。貴殿は我等を救ってくれたようだが、ただの気まぐれからか。それとも味方か。はたまた敵か。いずれであるか、先に聞かせていただきたい。もし、いずれでもなく無関係であるなら、この場を早々に立ち去ることだ」
「私は……」
答えようとしたその時、輩の代表らしき男が声を荒らげた。
「逃がす訳ねぇだろ、そんな上玉をよ。幼女にして痴女のようだが、見かけは一級品だ。アイビル殿下の手土産に丁度良い。これで、俺も出世できるぜ」
「私が手土産……?」
はて、と首を傾げると戦魔女がため息を吐いた。
「身内の恥を晒すが、アイビルは私の兄だ。その特殊な生い立ちから『年下』にしか興味がないらしくてな」
「あ、なるほど」
合点がいき、即座にザクスの記憶を探ってみる。
アイビルとメイビルは両性愛者かつ小児愛者らしく、兄のアイビルがどちらかといえば幼女好き。
弟のメイビルがどちらかといえば童男好きらしい。
記憶上、二人は揃っておねぇ口調である。
なにやら薄ら寒い気配を感じるので、あまりお近づきにはなりたくない。
「おい、お前達。あの痴女の段位はどれぐらいだ」
輩の代表らしい男が大声を発した。
ちなみに彼は、ザクス率いる特務実行01部隊所属でモフィに次ぐ実力者にして副隊長トーマス・ジェントというらしい。
縦かさのある薄茶の髪に、鋭い目つきに薄茶の瞳。
体格は意外と小柄で159弱のようだが、本人は160以上あると周囲に言っているようだ。
指示に従い、トーマスの傍にいた隊員が私に向かって段位測定を発動する。
「……がっかりしないでください。合計段位【レベル】八。それに突出した形もありません。見た目通り、頭のおめでたいただのうつけですよ」
「八、だと。はは、そりゃいい。戦魔女を追っていたら、昇進に使えそうな幼女が手に入るとはな」
彼は出世欲の塊らしく、ザクスやモフィを出し抜いてやろうと考えていたようだ。
まぁ、こんな情報はどうでもいいんだが。
それにしても、私と師匠が開発した段位測定に帝国全体の魔法技術の底上げに貢献したらしいが、上限の認識も意図せず相当な影響を与えてしまったらしい。
師匠が生きていたら、さぞがっかりすることだろう。
「さて、戦魔女と幼女にして痴女。お喋りのそろそろ時間は終わりだ」
下卑た笑みを浮かべていたトーマスだったが、急に目つきを鋭くして真顔になった。
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