第8話 抽出

「言葉通りだよ。今から君の頭の中に眠る記憶を全て抽出して、私が吸収するんだ。そうすれば、君の今までの人生を全て知り得られる。まぁ、抽出後の君は自分が何者かであるかも忘れ、廃人となってしまうがね」


「な……⁉」


生きたまま自我を喪失する。


これはある意味、ただの死よりも辛いことになるだろう。


ザクスは尻餅をついたまま、必死に私から逃げるように後退った。


「や、やめろ。話す、何でも話す」


「おやおや、さっきの威勢はどこにいったのかな」


私は彼の頭に右手を置くと、顔を寄せた。


「そもそも、だ。今までの言動を見る限り、君の話すことを全て信じられるわけがないだろう。右肩を射たれた件、私は許していないんでね」


「悪かった。謝罪する。何なら、貴殿に忠誠を誓っても構わない」


「ほう、忠誠ね。ならば、誓ってもらおうか。私に全てを捧げると」


「わ、わかった」


ザクスは頷くと、姿勢を正して私の前で頭を地面に付けた。


いわゆる、土下座だ。


「私、ザクス・アンダーソンはアラン・オスカー殿に全てを捧げよう」


「そうか。ならば……」


私はあえて少しの間をおくと、目を細めて口元を緩めた。


「貴様の記憶を全て、私に捧げてもらおう」


「そ、そんな⁉ そんなの話が違う⁉」


顔を上げたザクスの顔は、最早兵士のものではない。


自身より圧倒的な格上に恐怖した小心者の顔である。


「何を言う、アンダーソン君。私に全てを捧げると、君自身が今言ったばかりじゃないか。それに、こうしたことを君達はおそらく散々やってきたんだろう。力で支配しようとする者は、必ずより大きな力の前に敗北する。恩には恩を、敵意には敵意を。反省と改心が、ちょっと遅かったな」


「や、やめ……」


ザクスの言下の終わらぬうち、私は彼の頭の上に右手を置いて『記憶抽出』の魔法を発動する。


その瞬間、ザクスの生まれた頃から現在に至るまでの記憶が一気に私の頭の中に流れ込んできた。


「あ……が……」


記憶の抽出が終わると、ザクスは……いや、ザクスだった入れ物は力なく地面にうつ伏せで倒れ込んだ。


光を失った瞳、半開きになった口からは涎が流れている。


当初、私に勝ち誇っていた顔は何処にもなかった。


「こいつ……」


しかし、私は私でとんでもない不快感を覚え、思わず倒れ込んでいるザクスに追い打ちしたくなるような感情に襲われていた。


何故なら、ザクスが想像以上の屑【くず】だったからだ。


『記憶抽出』という魔法は、とても便利なようだが実際はかなり術者側の危険度が高い。


その理由は簡単で、一人分の人生の記憶が術者の脳へと一気に流れ込んでくるのだ。


精神力のないものが扱えば、一瞬で精神崩壊を起こしかねない。


もしくは、抽出した記憶の悪影響で人格や言動が変わってしまう可能性もある。


地球で三十年、転移した異世界で七十年余り、齢百歳を超えて不老不死となるが少女の姿になった私だからこそ扱える魔法だ。


そんな私を以てしても、ザクスの特務実行部隊に所属してからの言動や違法行為は目に余る内容だった。


暗殺、人攫い、意味の無い殺し、快楽殺人、拷問、小児虐待や強姦等々。


この世の悪逆非道を全て行ったとも過言ではない。


おまけに、ザクスが隊長を務める特務実行部隊に所属する輩は全員がもれなく同類、屑である。


しかし、そんな彼等を野放しにしていたチャールズ・ローグスミスが一番のクソ餓鬼だ。


「情報を得るためやむを得なかったが、吐き気がする奴だよ」


意志を持たず寝転ぶザクスに吐き捨てるが、返事はない。


彼はただの生きる屍である。


私はため息を吐くと、その場を改めて見渡した。


対魔戦車砲で消し飛ばしたモフィ以外の兵士達は、無残な死体となって彼方此方に転がっている。


既に、血肉の匂いを嗅ぎつけた鳥たちがついばみ始めている死体すらあった。


「さて、これからどうするかな」


私はそう呟くと、今後の方針を決めるため、ザクスの記憶から役に立ちそうな情報を探し始めた。


「……今現在まで、師匠の実妹の血筋が続いているのか」


驚きの事実を知ると共に、チャールズとザクスの策略でその血筋を持つ人物に危機が訪れていることを把握する。


「こうしちゃおれんな」


その人物がいる方角を見つめると、次元収納を発動する。


私の足下から黒い影が次々と伸びていき、無残な状態の者も含めて隊員達の遺体を影の中にどんどん取り込んでいく。


次元収納とは、その名の通り別次元に様々な物を取り込める魔法だ。


別次元の中では時間が止まっているから、収納物には注意が必要である。


次元収納は何でも入れることはできるが、収納物が増えれば増えるほどに発動時の消費魔力量が増えていく。


最悪、発動すら困難になってしまう上、次元収納を扱う術者が死亡した場合、取り出すのはほぼ不可能だ。


年老いた私が次元収納を使わなかったのは、発動に掛かる負荷に体が耐えられなかった事に加え、貴重な資料を保管するためだった。


結局、資料関係は全て焼失してしまったが。


「よし、全て回収できたな。後は、お前だ」


私は生きる屍となったザクスが着ている服の襟首を右手に掴むと、増強魔法を発動して真上に跳躍。


雲間近の上空から地上を見つめていると、近くの森の中で何個もの火柱が立ち上がるのが見えた。


「間違いない、あそこだな」


自由落下の最中、結界で足場を作って私は再び跳躍した。



「見えた」


上空で跳躍して間もなく、火柱が上がっていた場所近くにやってくると『騎竜』に乗って森の中を駆け走る十数名の装甲兵がいた。


騎竜とは太い二本足で大地に立ち、小さな腕と二本に鋭いかぎ爪を持つ体が羽毛で覆われた小型の竜だ。


この世界にも馬はいるが、馬よりも高価かつ優れた移動手段として騎竜は用いられている。


装甲兵とは名の通り、全身鎧で身を包んだ兵のことだ。


戦闘で魔法も多様されるこの世界では全身鎧の利点は機能しているし、魔銃による魔弾対策にもなっている。


後は、魔物や魔獣と呼ばれる猛獣を討伐する際にも有用だ


彼等は、辺境で魔物や魔獣と日々戦っているらしいからな。


騎竜に乗る装甲兵が一番、安全だと判断したのだろう。


装甲兵の姿は基本的に銀色の全身鎧だが、一人だけ金色をした全身鎧に身を包んでいる者がいた。


隊の指揮官だと思われるが、その姿はザクスの記憶にもあったことから、おそらく『彼女』だと思われる。





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