第2話 意図せぬ結果
「なんだ、眩しいな」
目に強い光が当たる不快感を覚え、寝ている体の上半身を起こしながら目をゆっくりと開いていくと、早朝の日差しが私を照らしていた。
ほう、どうやら死後の世界にも朝というものがあるらしい。
死んでみなければ、得られない知見もあるということか。
最初に思ったことはそんな事だったが、すぐに周りの景色に違和感を覚える。
クレーターのような丸みを帯びた斜面上の崖に囲まれていたのだ。
どうやら、私はその中心地にいるらしい。
「……どういうことだ」
私は首を捻って思わず呟くが、すぐにとある違和感を覚えた。
「あ、あー。本日は晴天なり。私の名前はアラン・オスカー」
再び声を発してみると、違和感は確信に変わった。声質が今までと全く違うのだ。
私の掠れたしゃがれ声が、今は若く張りのある高音の声質に変わっている。
いや、正確には声帯に変化が起きたというべきだろう。
もしや、と胸に期待を抱きつつも、私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
そして、私はおもむろにその場で立ってみた。
「これは、なんと素晴らしい」
立つ、というただ一つの動作が簡単に力なくできたことに、私は感動のあまり声を発せずにはいられなかった。
齢百歳を超え、死を間近に感じていた体では『立つ』という動作すら困難だったのだ。
今では息をするのと同じか、それ以上に簡単である。
目を瞑って感覚を研ぎ澄ませて頭、首、肩、腕、指、足と順番に動作確認を丁寧に行っていく。
どれもこれも、以前とは比べものにならない素晴らしい反応が返ってきた。
「ますます、素晴らしい」
自らに起きた出来事を確信した私の感情は、最早感動ではなく、歓喜に変わっていた。
喜びのあまり、喉が鳴り始める。
そして、私は雲一つ無い大空を見上げた。
「成功。これは間違いなく『不老不死』の秘薬が成功したのだ。師匠、私はやり遂げました」
間違いない。
ここは死後の世界ではなく、現実。
私は命を賭けた実験に成功……いや、勝利したのだ。
歓喜、驚愕、驚嘆、狂気、感動、達成感、様々な感情が脳内を駆け巡り、私は気の赴くまま高笑いを轟かせた。
しかしその時、早朝の冷たい風が吹き荒れる。
「くしゅん。さ、寒いな」
体が震え上がった。
喜びと興奮のあまりに気付くのが遅れたが、よくよく見れば私は真っ裸である。
不老不死になろうとも、寒いものは寒いらしい。
新たな知見を得られたと喜ぶことにしよう。
改めて周囲を見渡したところ、秘薬を飲んで意識を失った後、私を中心とした超規模な爆発が発生したらしい。
おそらく、私の魔力と秘薬が交ざり合う過程で起きた現象だろう。
師匠との研究記録、資料、希少な素材、高価な道具なども全て消し飛んでしまったということか。
些か残念だが、この場合はしょうがあるまい。
「それにしても、やけに下半身だけ感覚が以前と違う気がするな」
ふと下腹部に見やると、私は我が目を疑った。
男であれば、誰もが『あるはずのもの』がそこにないのである。
慌てて氷鏡を魔法で生成するが、すぐに私は『しまった』と眉間に力が入った。
「な、何という力だ……⁉」
魔力量が以前の私とは比べものにならず、小さな姿見鏡を作るつもりが高さ横幅ともに十メートルを優に超える氷鏡が凄まじい地響きと共に出来上がってしまう。
驚くべき事は、それだけのものを作っても体に全く負担がないことである。
誰もがこの世に生まれ持つ、魔核から生み出された力を用いて発動できる様々な現象。
それこそが、この世界における『魔法』だ。
しかし、一般的には知られていないが、魔核には活動限界がある。
あまりに無理な使い方や酷使をすれば確実に寿命が縮まってしまう。
様々な方法で鍛えて慣れさせれば、魔核が生み出せる魔力量を増加させることは可能だ。
ちなみに、私が今発動した魔法は、すでに一般常識ではあり得ない規模の魔法である。
だが、私はそんなことより、氷鏡に映った自らの姿に「な、なんだこれは……⁉」と目を見開いていた。
「これが私、だと」
足首近くまで伸びた薄ら光る浅葱色の長髪。
眼光鋭い目尻の上がった大きなつり目。
右は深紅だが左は桜色という、色彩が左右で異なる瞳。
身長百五十はないであろう小柄な体躯。
総じて、十歳前後の見た目をした可愛らしい少女が私の姿であった。
何故、こんなことになってしまったのだ。
いや、原因は『秘薬』に決まっているではないか。
あれを作る時に使った成分、もしくは私の体に秘薬が適合する時、予期しない何かが起きた可能性もある。
何にしても、今すぐ男に戻ることは不可能。
研究所と共に資料や素材も全て消し飛んでいることから、原因究明も不可能に近い。
「何がどうしてこうなった」
私は頭を抱えながらへたり込むと、氷鏡を背にして雲一つ無い青空を見上げた。
「……地球の日本で約三十年過ごし、異世界転移して七十年余り。齢百を超えた先の結末が、この姿か。いくら呪詛を吐いたところで足りんな」
自傷気味に吐き捨てたその時、「おーい」と何処からともなく男の声が聞こえてくる。
見やれば、崖上にローグスミス帝国の武装した軍人らしい者達が十人近く並んでいた。
「十数年ぶりの来客か。珍しいことが続く日だ」
私が重い腰を上げると、崖上に並んでいた者の一人が前に出た。
「こちらに超越者【アンリミテッド】の一人、アリサ・テルステラ様が居ると聞き及んだのですが。貴殿がそうなのでしょうか」
声質からして、さっき呼びかけてきたのもこの男らしい。
しかし、師匠に直接の来客となると数十年ぶりだな。
私の師匠ことアリサ・テルステラは、人知を超えた力を持つと評された超越者【アンリミテッド】に名を連ねる一人だった。
超越者【アンリミテッド】は世界に十人しか存在せず、一人で一国の軍事力に匹敵。
もしくはそれ以上の力を持っている。
彼等がその気になれば、この世界は瞬く間に火の海に包まれ、地獄絵図となることだろう。
故に彼等は暗黙の了解で、互いの縄張りに入らないようにしている。
『自分が死んだ場合、尋ね人が来ない限りは外部に漏らすな』
師匠は晩年、常々そう言っていた。
おそらく、自身の影響力を鑑みてのことだったんだろう。
「残念だが、師匠のアリサ・テルステラは十年以上前に他界している。今、此処に居るのは弟子だった私だけだ」
「ほう、ということは貴殿は超越者【アンリミテッド】の後継者ということかな」
男の呼びかける声に、何やらきな臭さが混じった。
私が師匠の後継者というのは言い得て妙。あながち間違ってはいない。
問題は色々あるにしても、不老不死に成功したことで強大な力を得たことは事実だ。
それに師匠と交わした『約束』の件もある。
考えを巡らせた私は、深呼吸をして発した。
「そうだ。私は超越者【アンリミテッド】の後継者アラン・オスカーだ」
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