超越の後継者アラン・オスカー ~異世界転移して苦節70年、ようやく私の時代がやってきた~

MIZUNA

第1話 プロローグ・爆誕

「ようやく、ようやく完成したぞ。不老不死の秘薬が」


光り輝く赤い秘薬を目の前にした私の体は歓喜に震え、苦節七十年以上の歳月が白昼夢の如く脳裏に蘇る。


私の生まれ故郷は、地球の日本という国だ。


当時、私の名前は武田五十六【たけだたいそろく】で、その年に三十歳を迎えた私は一般的なサラリーマンとして普通の生活を送っていた。


しかし、同年に開かれた忘年会の帰り道。


私の運命を変える大きな出来事が起きた。


何の脈絡もなくスマホが圏外となったのだ。


何事かと周りを見渡せば、見たこともない巨木の木々が生い茂る森の中に居たのである。


そう、異世界転移だ。


だが、私の異世界転移は一般的な小説、漫画、アニメで知る流れとは少し違っていた。


私は帰途途中の姿のまま、いきなり深い森の中に放り出されたのだ。


転移前で例えるなら、深い木々が生い茂るアマゾンの深部にいきなり放置されたと言えば良いだろうか。


当初はスマホが圏外になったことや突然の出来事に困惑しつつも、異世界転移だとはしゃいだものだが、すぐに絶望した。


何故なら、一般人だった私には森の中で生き残る術も知識も皆無だったし、手持ちの荷物には水や食料もない。


転移や転生でお決まりの『スキル』や『神様の啓示』もなく、見たことも無い巨大な猛獣ひしめく森の中に三十路を迎えた男がたった一人で捨て置かれたのだ。


もはやある種の『死刑宣告』である。


転移当時、『えげつないドッキリ』で有名だった人気テレビ番組でも、流石に此処まではしないだろうと愚痴ったものだ。


しかし、それでも私は生き延びられた。


様々な偶然と紆余曲折得て、『師匠』と奇跡的な出会いを果たす。


師匠は見聞きしたことのない私の言語や身なりに興味を持ち、拾ってくれたのである。


私の故郷、地球と日本の話を師匠は興味深そうに聞き入り、とても喜んだ。


そして、師匠はこの世界の常識、魔法、武術を私に厳しく教えてくれた上、『アラン・オスカー』という新しい名前も授けてくれた。


師匠との出会いが無ければ、私は見知らぬ世界で一人、呪詛を吐いて野垂れ死にしていたはずだ。


この恩は、死んでも決して忘れることはできないだろう。


だが、その恩を果たそうにも師匠はこの世にもういない。


弟子兼助手の私と一緒に研究していた、この『不老不死の秘薬』の完成を待たずに亡くなってしまったのだ。


秘薬の完成は師匠の夢であり、遺言であり、私が残りの生涯を掛けて果たすべき約束の一つだった。


「師匠が生きていれば、さぞドヤ顔をされたであろうな」


感慨耽って呟いたその時、息苦しくなって激しく咳き込んでしまう。


机を支えにして備え付けの椅子に何とか座って身を預けるが、口元を押さえた手には血がべったり付いていた。


「……残された時間は、もうあまりないようだな」


自傷気味に口元を緩めると、背中を椅子の背もたれに預けてゆっくりと息を吸った。


転移前の日本で三〇年、転移後の世界で七十年以上の時を過ごした私の年齢は、既に百歳を超えている。


幸い、白髪も意識もまだあるが。


数年前までは、師匠に教わった魔法で三十代の外見を保っていたが、それもいよいよ難しくなってしまった。


今は見かけも年相応の爺である。


ちなみに、髭はない。


折角だからと一時は伸ばしてみようとも考えたが、師匠から『その無精髭は清潔感がない上、胡散臭いから剃れ』と怒られてしまった。


「師匠の言葉は、いつも鋭かったな」


過去の出来事を思い返して笑みを溢すと、机の上に置いてある秘薬を見つめた。


「さて、そろそろ覚悟を決めるとしよう」


私は体をゆっくり起こすと、秘薬を手に取った。


『不老不死の秘薬』と言えば夢のような薬だが、実際には飲んでみないと効果がわからない代物だ。


師匠と私が『事実上の不老不死』を得られる方法を研究して創り出した物ではあるが、効果の保証は何処にもない。


完成品も手元にあるこれ一つのみ、ぶっつけ本番で私自身が飲んでみるしかない一品だ。


しかし、飲んでも飲まなくても私の寿命は間もなく尽きる。


それに、死んでも師匠の下に行くだけと考えれば、歳を重ねているせいか意外と気持ちも軽い。


「よし、飲むか」


私は秘薬を手に取ると、深呼吸をしてから煽った。


鉄の味が強く、色からして血を飲んでいるような感覚を覚える。


咽せて吐きそうだったが、何とか堪えて飲みきった。


「はぁ……」


一息入れたその時、体の芯から強い鼓動と熱が沸き起こるが、これは想定内だ。


全ての生きとし生けるものには、魔力を生み出す『魔核』という存在が体の奥深くに必ず一つ持っている。


師匠との研究では、多少の個人差はあれども、魔核には活動限界値が存在していることを突き止めた。


そして、活動限界値に近付けば近付く程に人は老い、限界値を迎えた時に生物は死を迎える。


それが、この世界における死への絶対的な仕組みだ。


度重なる実験と長年に亘る研究の結果、術者の体内に『魔核』が二つ以上あれば、片方を稼働中、もう片方は休眠して再生することを突き止めた。


この仕組みを応用すれば、魔核は活動限界値を事実上迎えない、半永久的に活動できるという仮説が生まれたわけだ。


実際、実験の成功によって老いていた鼠【ねずみ】が活気を取り戻している。


私が完成させた『秘薬』には、接種した者の内部に『魔核』を新たに二つ生み出す効能があるはずだ。


私の体内に元からあるものを含め、成功すれば『魔核』が三つとなる。


そうなれば『魔核』が活動限界値を迎える可能性は限りなく低い。


事実上の不老不死になれるというわけだ。


とはいえ『魔核』を増やすと、口で言うのは簡単だが、例えるなら人間の心臓を三つに増やすようなもので、正気の沙汰ではない。


誰もやったことのない挑戦であり、失敗すれば確実な死が待っているだろう。


体の芯から生じる熱と激しい鼓動に耐えていると、想定外の出来事が起こり始めた。


予想以上に反発が強い、このままでは『魔力の器』が持たない。


つまり、私の肉体が内側が湧き出る魔力に耐えきれず、爆散するだろう。


「ぬ……ぅ……」


あまりの苦しさに胸を押さえ、必死に魔力を抑え込む。


全身から冷や汗が止めどなく流れ、激しい息で肩が上がる。


ふと気付けば体中に亀裂が走り、体内の魔力が光となって溢れ始め、凄まじい激痛が体中が襲われた。


最早立ってもいられず、必死に机にしがみつくが手に力も入らない。


その場の床に倒れ込むと、何とか仰向けになった。


「師匠、申し訳ない。約束は、守れそうにありません」


薄れゆく意識の中、私は断末魔の叫びを上げて体の中から溢れ出る光に呑まれていった。




その日、大陸にある大小様々な国々の市民から『天に昇る光の柱を見た』という通報が大量にもたらされたという。


光の柱が見た者が多い地域に至っては、大地が軽く揺れたという内容もあったそうだ。


この光の柱の発生が、やがて大陸にある国々を全て巻き込んだ『動乱』の前触れでだったこと。


それを気付ける者は誰も居なかった。





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