旅路の報告
琴が目を覚ましてからしばらくすると、食事が運ばれてきた。
俺や剣、一樹兄貴が付き添う中、琴は体を起こして箸を手に取り、最初の一口を口に運んだ。
その瞬間、琴の目が輝きを帯びた。
「うまい……!」
琴はすぐに次の一口を運び、そこから怒涛の勢いで食べ始めた。
俺たち郷田家の伝統的な料理である山の幸をふんだんに使った煮物や、特産の獣肉の炙り焼きが次々と琴の手に取られ、あっという間に彼女の胃袋に収まっていく。
琴はまさに飢えた獣のごとく、一心不乱に食べ続けた。
俺はその光景に驚いていたが、剣は琴の食欲を知っているかのように微笑みながら彼女の横に座っていた。
しかし、周囲の郷田家の者たちは次第にその凄まじい食べっぷりに目を見張り、やがて驚きの声が漏れ始めた。
「こ、これは……!」
と、一樹兄貴が思わず呟いた。
「す、すごいな……」
俺は目を丸くしながら琴の食事を見守っていた。
父上が腕を組みながら感心した様子で言った。
「これだけ食べられるということは、健康の証拠だ。立派な娘じゃないか。」
母上も琴の豪快な食べ方に目を細めていた。
「さすがは大谷家の血筋だな。私の従兄弟の娘とはいえ、郷田家でもこれほど食べる者は少ないぞ。」
俺たち一同がその食事を見守る中、琴は全くペースを落とすことなく、次々と料理を平らげていった。
琴は獣肉の塊を豪快に噛みしめ、野菜の煮物を口いっぱいに頬張り、箸を止めることなく食事を続ける。
食べ終わるたびに、目の前の皿が空になり、また新たな料理が運ばれるが、それもすぐに消えていった。
「凄まじい食欲だな……」
父上は満足そうに琴を見つめた。
剣は妹の食欲に慣れている様子で微笑みながら、琴の肩を軽く叩いた。
「琴、少し落ち着いて食べろ。いくらなんでも、そんなに一度に食べたら消化できないぞ。」
だが琴は一瞬、剣に視線を向けたが、すぐに再び食べることに集中した。
「……だって、本当に腹が減ってたんだ……何日もまともに食べられなかったんだから……」
その言葉に、剣も一樹兄貴も苦笑いを浮かべるしかなかった。
琴がこれほどの量を平らげる姿は、もはや異常ともいえるが、それこそ彼女の強さの象徴でもあった。
「よく食べることはいいことだ。」
俺も笑いながら言った。
やがて、琴が食べ終わると、ようやく部屋の中に静寂が戻った。
琴は満足そうにお腹をさすりながら、椅子に深く腰を下ろした。
「ふう……これでようやく元気が出た気がする。」
「そりゃそうだ。あれだけ食えば誰だって元気になる。」
一樹兄貴が冗談めかして言った。
琴は頬を少し赤らめながら
「でも、もっと食べられそうだ……」
と呟いた。
それを聞いた俺たちは一瞬目を見開いたが、すぐに笑い声が広がった。
「この娘は、もっと強くなれるだろうな。」
父上はそう言って、満足そうに琴を見つめた。
こうして、琴の食欲とその回復力に驚いた俺たち郷田家の人間は、ますます琴が郷田家の戦力として、そして一樹兄貴の嫁としてふさわしいと確信を深めていった。
俺が郷田家の重鎮たちを前に座ったのは、さらに数日が経った頃のことだった。
部屋には、父上、一樹兄貴、母上、二郎兄貴、そして絢子様が座っていた。
皆、真剣な表情で俺の話を待っていた。
俺はまず、話の切り出しとして、伊達家での出来事から話し始めた。
「隼人、苦労をかけたな。さて、伊達家の状況と、そこにいる亜人たちの動向を詳しく教えてくれ」
と父上が重々しい声で促す。
俺は一度深呼吸し、一行の視線を受け止めた。
「父上、伊達家と亜人傭兵団について、いくつか重要な点をお伝えしたいと思います。まず、亜人傭兵団が伊達家に仕えている背景には、信頼というより、金銭を通じた契約があります。彼らはその戦闘能力を金で売り渡しており、秀隆殿が用意する金や安全な拠点を拠り所にしています」
俺は一息つき、伊達家の長女・玲奈についても触れた。
「特に印象的だったのは、彼らが秀隆殿の長女である玲奈殿に対して、軽蔑とも取れる態度をとっていたことです。明らかに彼女を嘲笑していたり、敬意に欠ける態度を見せていたため、彼らが伊達家の一族を心から敬っているとは思えません」
母上が顔をしかめ、眉を寄せた。
「そのような者たちに忠誠を期待するのは愚かなことだわ。まるで雇われるだけの用心棒ではないか」
俺は頷き、再び話を続ける。
「まさにその通りです、母上。亜人たちの忠誠は伊達家に向いているわけではなく、金と条件に結びついたものです。そして、伊達家を守るつもりがあっても、彼らは誇り高い戦士たちであるため、信念に従って動きます。実際、彼らが従っているのは伊達家ではなく、彼らのボスであるブラッドです」
一樹兄貴が眉をひそめた。
「ならば、そのブラッドが仮に伊達家から離れるような事態になれば、亜人たちは全て一気に去ってしまうだろうな」
「そうかもしれません。しかし、現時点で亜人傭兵団は俺に対して忠誠を誓っていると考えられます」
と俺が静かに答える。
一同の視線が集まる中、俺は事の経緯を語り始めた。
「伊達家滞在中、俺は亜人たちのボスであるブラッドと相撲で対決しました。彼らにとって、武力で上位を示すことが敬意を得る唯一の方法です。相撲に勝ったことで、彼らは俺を認め、伊達家にではなく、俺自身に忠誠を誓うと決めたようです。亜人たちは誇りを重んじ、主を選ぶ際もその信念を大切にしています。今では、俺の言葉を信じて動いてくれています」
二郎兄貴が腕を組み、深く頷いた。
「なるほど、契約ではなく、隼人自身に忠誠を誓うようになったのか。これは郷田家にとって有利だな」
父上が静かに口を開いた。
「隼人、お前が彼らを引き付けたというのなら、それを一時の勢いで終わらせるな。誇り高い亜人の心を捉え続けるには、彼らが求めるような強さと知恵を示さねばならん。彼らの支えがあれば、我が家の守りが強まる」
「はい、父上」
俺は一礼し、しっかりと答えた。
俺の報告を聞き、一樹兄貴もまた俺を見つめながら、厳粛な表情を浮かべていた。
「隼人、お前の成長が彼らの忠誠を勝ち取ったのだな。ならば、彼らの力を無駄にはしないよう、共にこの地を守っていこう」
俺は心に誓いを立て、家族の言葉を深く受け止めた。
俺は頷きながら答えた。
「はい、父上。亜人の傭兵団は強力な戦士たちの集団です。彼らのリーダーであるブラッドを筆頭に、レッドル、グリズラ、ナミラといった実力者たちが揃っていました。彼らは当初、伊達家に雇用されていたものの、俺たちと戦ったことで彼らは俺たちの武勇を認め、最終的には忠誠を誓いました。」
一樹兄貴が腕を組みながら興味深げに聞いていた。
「亜人の戦士たちか……それは面白い。彼らはどのような戦力を持っているのだ?」
「彼らは、通常の人間とは異なる身体能力を持っています。ブラッドは特に大柄な鬼人族で、戦闘においては圧倒的な力を発揮します。グリズラは熊の獣人で、素早さとパワーを兼ね備えています。ナミラは鯨の魚人で、圧倒的な耐久力を持ち、打撃系の戦闘が得意です。彼らはただの傭兵ではなく、個々の能力が非常に高く、連携も優れています。」
父上が深く考え込みながら言った。
「そのような強力な亜人たちが我々に味方するとは、頼もしいことだ」
続けて、俺は伊達家との経緯を語った。
「結果的に、伊達家の当主・秀隆様も俺たちを非常に評価してくれました。秀隆様は、特に我々郷田家との同盟を強化したいという意向を持っており、さらには、伊達家の息女玲奈様との縁談も進めたいという話がありました。」
絢子様がここで口を開いた。
「玲奈様というのは、どのような方なの?」
俺は少し考えたあと、正直に答えた。
「彼女は非常に優れた人物です。しかし……ジパルドの美的感覚からすると、彼女の外見は異質だと感じるかもしれません。」
絢子様は少し考え込みながら
「そう……でも、外見だけではなく、彼女の内面が大事だわ」
と答えた。
俺は頷き
「はい、絢子様。玲奈様は非常に心優しく、強い意志を持った女性です。伊達家のために尽力している姿は、誰にでも尊敬されるものでしょう。ですが、縁談は現時点ではまだ結論が出ておりません。」
と答えた。
一樹兄貴はそれを聞き
「伊達家との同盟は重要だ。玲奈様との縁談も、慎重に進めるべきだろうな。」
と冷静に意見を述べた。
その後、俺は亜人傭兵団との旅を通じて得た経験をさらに詳しく話し、彼らがどのように戦い、郷田家にとってどれほど価値ある同盟者になり得るかを力説した。
最後に父上が静かに頷きながら言った。
「わかった。亜人たちが我々にとってどれほど重要な力となるか、これからも見極めていかねばならぬだろう。しかし、伊達家との関係も同様に大切だ。我々郷田家が今後さらに強力になるために、お前が築いた絆を無駄にせぬよう努力することだ。」
俺は深く頭を下げ、父上の言葉をしっかりと胸に刻んだ。
こうして俺は、伊達家での出来事や亜人傭兵団との旅の報告を終えた。
これからの郷田家の未来に向けて、俺の中にはさらなる責任感が芽生えつつあった。
俺は郷田家の重鎮たちに伊達家での話を終えると、次に話題を亜人傭兵団へと移した。
「伊達家に残してきた亜人傭兵団についても話さねばなりません。彼らは俺に忠誠を誓い、戦力として非常に頼りになる存在です。しかし、今は伊達家に残っている者が大半です。」
父上が興味深そうに頷きながら聞いていた。
「彼らが伊達家に残っているというのは、どういうことだ? 彼らが全員お前たちと一緒に来なかった理由は何だ?」
俺は冷静に答えた。
「伊達家の戦力が著しく低下していたため、亜人傭兵団の大部分は伊達家に留まることにしました。正直に言えば、俺たちが旅を続ける際、大人数で行動するメリットが少ないと感じたため、伊達家で彼らの費用を賄ってもらい、維持してもらうのは双方にとって合理的な判断でした。」
一樹兄貴が腕を組みながら考え込んだ。
「なるほど、伊達家は亜人傭兵団を使い、その力を借りているわけだな。それで、今後の動向についてはどう考えている?」
俺は少し考えてから答えた。
「彼らは今、伊達家の防衛に大きく貢献しています。しかし、俺たちが再び彼らの力を必要とする時が来れば、必ず助けになってくれるでしょう」
俺の言葉に、父上はさらに深く頷いた。
「それならば良い。彼らの力を無駄にせぬよう、時機を見て再び連携を取れるようにしておけ。伊達家との関係を強化するだけでなく、亜人たちの力も今後の戦力として見据えておくべきだ。」
俺はしっかりと頭を下げた。
「承知しました、父上。」
次に、話題は大谷家の出来事へと移っていく。
俺は表情を引き締めながら、大谷家での悲劇を思い出して語り始めた。
「そして、次にお話ししなければならないのは、大谷家での出来事です。あの場で多くのことがあり、俺たちにとって非常に辛い瞬間が幾度もありました。」
父上や一樹兄貴、母上たちは静かに俺の言葉に耳を傾け、何が起こったのかを知りたいという緊張感が漂っていた。
「大谷家では、光政様が温かく俺たちを迎えてくださいました。剣や琴、玲二といった子供たちも非常に優れた人物で、特に剣と琴は、武勇に優れ、家を支える柱となるべき存在でした。しかし……その光政様が、まさか自らの叔父である翼の反乱により命を奪われるとは、誰も予想していなかったのです。」
母上が驚きと怒りを込めた表情で
「翼め……」
と呟くと、俺は力強く頷いた。
「はい、母上。大谷家は当初、非常に平和な様子でしたが、相撲大会が進行している最中に、突然武装した翼派の者たちが乱入してきたのです。彼らは次々と光政派の者たちを切り捨て、会場は一瞬にして血の海となりました。光政様も、ずっと旅を共にしてきたブラッドもその息子レッドルも、その場で命を奪われました。」
この言葉に、一同は驚愕し、母上は拳を握り締めて怒りを滲ませた。
「あの翼が……自分の一族を裏切るなんて……。やはり許せない!」
俺は母上を静かに見つめ、続けた。
「光政様もブラッド、レッドルも、最後の瞬間まで俺たちに『逃げろ』と叫んでいました。剣や琴も残って戦おうとしましたが、光政様の言葉を無駄にするわけにはいかないと、俺たちは一旦その場を離れました。」
一樹兄貴が鋭い視線で俺に向かって問いかけた。
「その後、どうやって脱出したのだ? 相撲大会が襲撃された後、大谷家全体が翼派の手に落ちたのだろう?」
俺は苦しそうな表情を浮かべながら
「そうです。俺たちは屋敷に戻り、装備を整えて正門を突破しました。剛蔵やグリズラ、ナミラも一緒でしたが、途中で剛蔵が足を止め、俺たちに『先に行け』と言って、自ら囮となりました。グリズラやナミラも彼の決意に従い、俺たちはそのまま逃げるしかありませんでした。」
母上がその話を聞くと、立ち上がって叫び出した。
「私の兄が……息子勇太を……そして剛蔵までも……!」
母上は怒りに燃え、今にも外に飛び出そうとしたが、一樹兄貴が冷静に母上を止めた。
「母上、今はまだ冷静さを失うべき時ではありません。今は剣と琴、そして隼人たちの安全を確保し、次の一手を考えるべきです。」
母上は涙を流しながらも、一樹兄貴の言葉に耳を傾け、少しずつ冷静さを取り戻していった。
俺はさらに続けた。
「そして、その後も逃げ続けましたが、翼派の追手が俺たちを追ってきました。途中、勇太と玲二が奮闘して道を開いてくれましたが……最終的に二人は傷を負い、俺たちを逃がすためにその場に留まりました。」
一同はその言葉に沈黙し、勇太や玲二の犠牲に思いを馳せた。
父上が重々しく言った。
「勇太がそんなことに……。そして剛蔵まで……。」
俺は深く頭を下げ
「申し訳ありません、父上。俺がもっと強ければ、彼らを助けることができたかもしれません……」
と言った。
こうして、俺たちは大谷家の悲劇とその後の逃走劇を全て話し終え、これからの方針を話し合うこととなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます