道中
俺たちが山道を全速力で進んでいると、突然前方から矢が飛んできた。
待ち伏せだ。
俺がとっさに手綱を引き、馬を止めると、前方の茂みから敵兵たちが次々と現れた。
剣が剣を抜き、すぐに臨戦態勢を取る。
「くそ……」
俺が呟いた。
「油断できないな、数が多すぎる」
剣が周囲を見渡しながら言った。
玲二と勇太はすでに剣を抜いて、道を塞ぐ敵に向かって走り出していた。
玲二は鋭い目つきで先陣を切り、勇太がその後に続く。
二人は息を合わせ、瞬く間に敵の一団に切り込んでいった。
「隼人、俺たちで道を開く。お前たちは先に進め!」
勇太が大声で叫ぶ。
「だが……」
俺が迷うように言葉を返すが、勇太は振り返りもせずに続けた。
「たまには兄貴らしいことをさせろよ!お前ばっかり活躍しすぎだ!」
勇太は剣を振り、次々と敵を斬り捨てる。
彼の背中が、いつになく頼もしく見えた。
一方、玲二も冷静に周囲を見渡しながら、刀で敵を倒していく。
彼の一撃一撃は正確で無駄がなく、敵を確実に仕留めていた。
「剣兄さんが大谷家の希望だ……琴を頼む」
玲二が剣に向かって冷静に告げた。
剣はその言葉に一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに頷いた。
「分かった……玲二、お前も無事で戻れよ」
玲二は黙って微笑み、敵の方へ向き直った。
「俺たちが時間を稼ぐ。お前たちは今すぐ逃げろ!」
俺は迷いを振り払うように、剣と琴に目を向けた。
「行こう、剣、琴。ここに留まっていてもキリがない!」
「兄貴、頼んだぞ」
勇太が再び敵の大群に向かって突進し、玲二もその後を追う。
俺は強く手綱を握りしめ、馬を駆け出させた。
琴も続き、剣が最後尾を守るようにして進む。
後方で、玲二と勇太が敵の群れを食い止めている姿が見えた。
彼らが勇敢に戦っている間に、俺たちは先へと進み、光政の意志を背負って、郷田領を目指してひた走った。
俺の心臓が激しく鳴った。
勇太の声が頭の中で繰り返される。
「勇太!」
俺は馬を止め、すぐに振り返った。
剣もまた、馬を止めて玲二を見ていた。
だが、その瞬間、遠くから矢が飛んできて、勇太の腰に突き刺さった。
勇太は一瞬体をよろめかせ、しかしすぐに剣を持ち直して構えた。
「大丈夫だ、行け!」
勇太が叫ぶ。
さらに一瞬後、別の矢が玲二の肩に深々と突き刺さった。
玲二は苦悶の表情を浮かべながらも、その場に留まり、剣を握りしめたまま敵の方へ向けた。
「玲二!」
剣が叫び、俺もその場に戻ろうとする。
だが、玲二は辛そうな顔をしながらも、毅然とした声で剣に言った。
「戻るな、剣兄さん……俺たちの使命はここまでだ」
「玲二、お前……!」
剣は目を見開いて言葉を詰まらせる。
「俺たちはもう引けない。お前は生き残れ、そして大谷家を背負って進め」
玲二の声は冷静で、しかしその中には揺るぎない決意が込められていた。
勇太も同じように、俺を見つめていた。
血を流しながらも、まだ立ち続け、刀を握り締めている。
「隼人……俺たち兄弟で話すことも、これが最後かもしれないな」
勇太は苦笑を浮かべたが、その目は真剣だった。
「でも、俺は後悔はしてない。ここで死ぬことになっても、お前がこれから先を進むなら、それでいいんだ」
「ふざけるな、勇太!お前を置いて行けるわけがない!」
俺が声を荒げる。
しかし、勇太は首を横に振った。
「俺たちは兄弟だろ?だから分かるはずだ。今、お前が生きて未来に進むことが、俺たち家族全員の望みなんだ」
玲二もまた、剣に同じ言葉を告げる。
「剣兄さん……お前は大谷家の未来だ。俺たちはその未来を守るためにここにいる。頼む、無駄にするな」
剣は目に涙を浮かべながらも、拳を強く握りしめた。
「玲二……俺、お前を……」
「もう時間がない。さあ、行け!」
玲二は剣を強く睨みつけるようにして言った。
その言葉は、最期の決断を促すものだった。
俺もまた、苦しみながら拳を握りしめ、勇太を見つめた。
目の前の兄が、これが本当の別れであることを告げているのだ。
彼を置いて行くことは、俺にとって考えたくもない現実だったが、今はそれを受け入れるしかなかった。
「兄貴……こんなことを言うなんて……でも、俺は忘れない。兄貴が俺に託してくれたこの使命を」
俺は涙を隠しながらも、勇太に深く頷いた。
「そうだ……強くなれ、隼人。そして、郷田家を守り抜いてくれ」
勇太の声が、少しずつ遠ざかっていく。
俺は剣に目を向け、彼を促した。
「行こう、剣……俺たちは生き残らなければならない」
剣も無言で頷き、馬を進めた。
俺たちは、後ろで命を懸けて戦う二人の姿を背にしながら、次第に遠ざかっていった。
後方からは、玲二と勇太の最後の抵抗の音が響き続けた。
俺と剣は馬を駆けながらも、無意識に涙をこぼしていた。
振り返ることは許されないと分かっていても、あの瞬間の光景が脳裏に焼きつき、勇太や玲二の姿が瞼に浮かんでは消えていく。
かなりの距離を走った。
走りながらも涙は止まらない。
「兄貴……」
俺は声を絞り出すように呟いた。
「玲二……俺は、俺は……!」
剣もまた、拳を握りしめ、体を震わせていた。
涙が止まらず、悲しみと無力感が押し寄せる。
「こんなはずじゃなかった……」
俺の言葉が途切れたその時、突然、右頬に衝撃。
次の瞬間、鋭い音が耳を突き刺し、俺の視界が揺れた。
「おい、何をしてる!」
琴が馬を寄せ、俺の右頬と剣の左頬を殴った。
「お前ら、メソメソ泣いてる暇があるのか!?」
琴の鋭い声が響いた。
彼女の顔には怒りと決意が宿っている。
「でも……玲二や勇太が……」
剣が涙ながらに言葉を紡ぎかけるが、琴はその言葉を遮った。
「玲二や勇太が命を懸けて私たちを逃がしたんだ。そんな彼らの想いを無駄にするつもりか?」
彼女の声は冷たくも鋭く、心に突き刺さる。
馬は疾駆を続ける。
俺は口を開こうとしたが、その瞬間、琴の拳が再度、俺の頬を強打した。
体が一瞬浮かび、落馬しそうになる。
「男がメソメソするな!」
琴はさらに一喝する。
俺は驚きの表情を浮かべながらも、顔を抑え、何も言えずにいた。
隣では、剣も同じく驚きと動揺を隠せずにいる。
「私だって玲二が死んだことに泣きたい。でも、今は泣いている時間なんてないんだ!」
琴は続ける。
「彼らの想いを背負って、私たちは前に進まなければならない。何があっても、郷田家までたどり着くんだ。そして、必ず仇を討つ。それが、私たちに残された道なんだ!」
琴の瞳は涙を浮かべていたが、それでも彼女の決意は揺るがなかった。
「勇太や玲二の命を無駄にしたいのか?そんなことをして、彼らの犠牲をどうやって報いるんだ!」
琴の叫びが響くたびに、俺と剣は彼女の言葉の重みを痛感していく。
俺は、頬を抑えながら琴を見つめた。
涙はまだ止まらないが、その中で何かが変わり始めていた。
「……そうだな」
俺は静かに頷いた。
「俺たちは、彼らの想いを背負って生きなければならないんだ……」
剣もまた、琴の言葉に背筋を正し、涙を拭った。
「俺も……玲二の想いを無駄にするわけにはいかない。前に進むしかないんだ」
琴は二人を見渡し、頷いた。
「さあ、行こう。郷田家に着いたら、すぐに戦える準備を整える。そして必ず……仇討ちを果たすんだ」
俺たちはそれぞれの想いを胸に、涙を押し殺して前へ進んだ。
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