親戚達
翌朝、俺は母・菊の父母、つまり祖父母にあたる鷹雅と葵に挨拶をするため、光政の屋敷を訪れた。
鷹雅はかつて大谷家の当主として一族を束ね、今は隠居しているものの、その存在感は今もなお健在で、俺もどこか身が引き締まる思いだった。
部屋に入ると、鷹雅と葵が暖かい笑顔で迎えてくれた。
「隼人、勇太よ、大きくなったな。菊もさぞ喜んでおるじゃろう」
鷹雅の声は深みがあり、力強い。
その声に畏敬の念を抱きながら一礼し、俺は答えた。
「はい、祖父様。母も郷田家で元気にしております」
そう答えつつ、その場にいるもう一人の男に目を向ける。
母の兄、つまり叔父にあたる翼だ。
彼は家族の中でも特に武を重んじる人物で、常に力で解決を図ることで知られている。
目が合うと、翼はにやりと笑った。
「隼人、お前もまだ未婚だったよな?どうだ、俺の娘、鈴を嫁にもらう気はないか?」
突然の申し出に俺は驚きつつも、慎重に言葉を選んだ。
この世界では鈴が絶世の美女だという評判を聞くが、俺にはその美的感覚がなじまない。
丁寧に断る道を選び、言葉を口にした。
「それはありがたいお申し出ですが、今はまだ自分の立場を考え、結婚について深く考えていないところです。もう少し時を置いてから考えたいと思います」
柔らかく断ると、翼は一瞬眉をひそめたが、すぐに表情を戻し口を開いた。
「そうか、まぁいいだろう。だがな隼人、この大谷家が今直面している問題を知っているか?」
翼の顔つきが険しくなり、話が本題に移った。
その目には光政への不満が隠されていない。
「東の長瀬家との争いだ。あそこは知略ばかりを頼りにして、我々を侮っている。そして北の篠原家も、一筋縄ではいかん。光政は平和を望んでいるが、俺はそうは思わん。このままでは我々の領地が奪われるぞ!」
翼の声はどんどん大きくなり、まるで戦場で士気を高めるような口調だ。
俺はその言葉から、翼が今の大谷家の状況に強い不満を抱いていることを感じ取った。
「叔父上、冷静にお話を…」
そう言いかけた瞬間、鷹雅が翼を制止するように声を上げた。
「翼、今はそのような話をする時ではない。光政が家を治めておるのだ。過ぎた発言は控えよ」
鷹雅の一喝に、翼は一瞬黙り込んだ。
しかし、彼の目にはまだ怒りが宿っていた。
「だが父上!俺の方が武において光政より上だということは皆が知っているはずだ。それなのに、なぜ光政が当主として家を治めているんだ!このままでは大谷家は滅びる!」
翼は拳を握りしめ、鷹雅の前で立ち上がった。
目には怒りと焦りが渦巻いているが、鷹雅は冷静なまま彼を見つめた。
「武だけでは家は守れぬ。光政にはお前にはない知略と平和への道を示す力がある。それが今の大谷家には必要なのだ」
しかし、興奮した翼はその言葉を聞き入れず、振り返りざまに部屋を飛び出していった。
「翼!」
鷹雅が声をかけるも、翼は振り返らずに去っていった。
部屋に残された俺は、何とも言えない緊張感に包まれながら、鷹雅と葵を見つめた。
鷹雅は静かに溜息をつき、俺に向き直った。
「隼人、すまぬな。翼は己の武力に自信を持ちすぎておる。しかし、それだけでは家を守れぬのだ。光政のような者が必要なのだ」
俺は静かに頷きながら、複雑な思いが胸に広がっていた。
大谷家の内紛は、思っていた以上に根深いのかもしれない。
鷹雅は深く息をつき、俺に真剣な視線を向けてきた。
隼人が座る前に、葵が静かに茶を入れ、その豊かな香りが部屋に広がった。
しばしの沈黙が続く中、俺は少し背筋を伸ばして静かに待つ。
やがて、鷹雅がゆっくりと口を開いた。
「隼人よ、大谷家がどのように当主を決めるか、知っておるか?」
その問いに、俺は首を横に振った。
大谷家の力強い家系には単なる血統以上のものがあることは感じていたが、詳しいことは知らなかった。
「我が大谷家は、ただ血筋だけで当主を選ぶのではない。武力、知略、そして家を導く覚悟……それらすべてを持ち合わせた者でなければ、家を背負うことはできぬ」
鷹雅の言葉は重みがあり、俺も自然と身を引き締めて聞き入る。
「かつて、光政が当主に決まる前、我が大谷家は大きく二つに割れた。光政派と翼派じゃ」
鷹雅はまるで懐かしむかのように目を細め、過去の出来事を思い返している様子だった。
「光政は平和を重んじ、家を強引に広げることなく、内政を重視する道を選んでおった。一方、翼は……お前も見た通り、武力で領土を拡大し、周辺の敵を打ち倒すことが家の繁栄につながると信じておった」
俺は昨日の翼の激情的な性格を思い出しながら、静かに鷹雅の話を聞き続けた。
「大谷家の一族や家臣たちもまた二つに分かれ、双方の支持を集めた。力で押し切るべきだという者もいれば、光政のように、家を長く繁栄させるためには知略と平和が不可欠だという者もいた」
その言葉に、俺は家全体が大きく揺れていたことを感じ、緊張感を覚えた。
「わしは長年家を率いてきたが、最終的にこの選択をすることは避けられなかった。しかし、家を二つに割り、そのまま争わせることはできぬ。家の平和と繁栄を願う一心で、わしは一言で決めたのだ……自分の息子翼ではなく、光政を当主に、と」
その時の決断がどれほど重かったかが、鷹雅の言葉から伝わってくる。
「翼には才能がある。だが、あの激情的な性格が災いし、家全体を守るには未熟だった。光政は平和主義者だが、ただの甘さではなく、家全体を長期的に繁栄させる覚悟と知略があったのだ」
俺は光政の決断力に感服し、頷きながら話を聞いた。
単に強さを誇るだけでなく、家全体の未来を見据える力が求められているのだ。
「それでも、翼は今も納得しておらぬ。自分こそが当主になるべきだという思いが、まだ強いのだろう。しかし、家を守るにはただの力ではなく、全体を導く冷静さと判断力が必要なのだ」
鷹雅は目を細め、遠い昔を思い返すように窓の外を見つめていた。
「隼人、お前もわかっているだろう。家を守ること、家族を守ることは、戦いに勝つだけではない。時には、戦わずして勝つ知恵が求められる」
その言葉に俺は深く頷き、大谷家が背負う重責、そして鷹雅の決断がどれほど重いものであったかを痛感した。
「……祖父様、ありがとうございます。私はその教えを胸に、これからも精進いたします」
深く頭を下げ、俺は鷹雅の言葉を心に刻んだ。
鷹雅は穏やかに微笑み、隣に座る葵も静かに頷きながら俺を見つめていた。
その一瞬、俺の心の中に大谷家と郷田家の絆がさらに強く刻まれた気がした。
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