大谷家

杯を手にしながら、しばらく目を閉じて過去を思い返していると、心地よい風呂上がりの疲労が体に広がってきた。

そのままブラッドに向かって話を始めた。


「なあ、ブラッド……お前、家族のことどう思ってる?」


ブラッドは大きな手で杯を持ち直し、笑みを浮かべて答えた。


「家族か? 俺にはグラニアって最強の妻がいる。鬼島の村で、俺が戦場にいる間、村をしっかり仕切ってくれてるんだ。家族がいるから俺はこうして安心して暴れられるのさ」


ブラッドの答えに俺は興味深く頷き、さらに質問を続ける。


「戦場に出てる間、離れてるのが寂しくなることってないのか?」


少し考え込んだブラッドだったが、すぐに豪快に笑い出した。


「寂しいだと? そんなの戦場じゃ考えもしねぇな。家族を守るために戦うってだけだ。それがあれば、寂しさなんて忘れるもんさ」


俺は少し驚いたように顔を上げる。

戦士として戦場に出る者たちの家族観は、自分が思っていたよりも強く結びついているのかもしれない。


「そうか……家族を守るため、か。俺も同じだな」


俺の言葉にブラッドが興味を示す。


「お前の家族って、どんな感じなんだ?」


少し考えながら答えた。


「俺の家族は……郷田家だ。父さんの力三は豪傑だし、母さんの菊も強い。でも、それだけじゃなくて、俺たちみんな……実はけっこう仲がいいんだ」


ブラッドが少し驚いたように目を見開いた。


「ふむ、郷田家って聞くと、もっと冷徹で厳しい家族だと思ってたが……意外だな」


俺は笑みを浮かべて続ける。


「父さんは確かに怖いけど、俺たちをしっかり見てくれてる。母さんも強くて頼りがいがあるけど、いつも俺や兄弟たちのことを気にかけてくれるんだ」


「へぇ、意外だな。あの豪傑が、そんなに家族思いだったとは」


「一樹兄さんもそうだよ。冷徹なところはあるけど、俺たちを守ろうとしてくれてる。戦場に出る前も『支えてくれ』って頼まれたし、俺にだって期待してくれてるんだよ」


ブラッドは感心したように大きく頷いた。


「なるほどな、家族が力を合わせてる感じか。戦場でも家族の絆があるってのは強いもんだ」


その時、レッドルが話に加わった。


「家族の絆ってのは大事だよな。俺たち鬼人の家族も強い絆で繋がってる。俺の婚約者のメイラも、俺が戻るまで村で頑張ってくれてるし、家族がいるってのは俺たちを強くしてくれるんだ」


「そうだな。俺も戦場で戦ってる時、いつも家族のことを考える。父さんや兄さんたちを守りたいって気持ちがあるから、もっと強くなりたいと思うんだ」


「それなら、お前はもう家族をちゃんと支えてるってことだろ?」


ブラッドが優しく言葉を返す。


「……そうかもしれないな」


俺はしばし考え込んだ後、笑顔で答えた。


「父さんが戦場で勝って帰ってきた時、みんな嬉しそうだった。兄さんたちも、俺たち兄弟をしっかり守ろうとしてくれてる。絢子さんだって、冷静に見えるけど、本当はいつも俺たちを気にかけてくれてるんだ」


「絢子様も優しいよな。いつも二郎兄さんと一緒に、俺たちを支えてくれてる。俺たちは強くなるだけじゃなくて、家族を大事にしてるってこと、改めて思い出したよ」


勇太が静かに言葉を重ねた。


「郷田家は戦の家だから冷たいって思ってたが……実は心が通じ合ってるんだな」


レッドルが感心したように言うと、俺は少し照れくさくなりながら笑った。


「まあ、表には出さないけど、俺たちはお互いちゃんと気にかけてるよ。だからこそ、もっと強くなりたいって思うんだ。家族を守るためにも」


ブラッドは大きく頷き、杯を掲げた。


「それでこそ戦士だ。家族を守るために戦うってのが、俺たちの強さだよな!」


「その通りだ」


俺も笑顔で杯を掲げ、皆で乾杯した。


酒場の中、俺たちは家族の絆や戦士としての生き方について語り合いながら、和やかなひと時を過ごした。

この夜、改めて郷田家の家族たちの支えを感じ、これからの戦いに向けて覚悟を一層強くすることができた。


一行は十分に体を休め、翌朝、大谷家の屋敷を目指して出発した。

険しい山をいくつも越え、ようやくたどり着いた頃には、旅の疲れが再び体にのしかかっていたが、それでも皆の士気は高かった。


「ついに大谷家の屋敷だな……」


険しい山道を越えた先に見える大谷家の屋敷を眺めながら、俺は息をついた。


「ここからが本番だ」


隣で勇太が微笑み、背後から剛蔵が


「まぁ、俺に任せておけ」


と力強く応じる。


大谷家の屋敷は山の中に堂々と佇み、重厚な門が俺たちを迎えた。

門が開かれると、大谷家の家臣たちが整列して俺たちを迎え入れてくれた。

広間の前では当主・大谷光雅が待ち構えており、その背後には豪華な装飾が施された広間が見え、屋敷全体に威厳と格式が漂っている。


「遠路はるばるよくぞ来てくれた、郷田家の隼人、勇太、そして剛蔵殿も。」


光雅は力強い声で歓迎の意を表した。

高身長で筋骨隆々、貴族的な顔立ちを持ち、どこか余裕のある風格が漂う男だ。

その隣には彼の三人の夫人たちが堂々と並び、俺たちを迎えていた。


「こちらは、私の第一夫人、紫苑だ。」


光雅が紹介すると、紫苑は力強い目を俺たちに向けた。

紫色の髪と鋭い瞳を持ち、その体は鬼人の血を引いているのが一目で分かる、筋肉質で威圧感のある姿だ。


「そして、こちらは第二夫人の紅蘭。商業や交易において我が家を支えてくれている。」


紅蘭は柔和な微笑みを浮かべ、控えめに頭を下げた。

小柄だが知性が溢れる黒い瞳が印象的で、見た目に落ち着きが感じられる。


「最後に、第三夫人の梅花。彼女もまた、戦場で私と共に戦う頼れる存在だ。」


光雅が誇らしげに言うと、梅花が一歩前に出て、俺たちを見下ろすようにして笑みを浮かべた。

赤みがかった黒髪と鋭い目つきが鬼人の血の強さを感じさせる。


「我々は郷田家の力を信じている。そして、お前たちの旅路の成果にも期待している。さあ、どうぞ中へ。」


広間に案内されると、すでに豪華な宴の準備が整っていた。

山の幸と亜人たちとの交易で得た品々が贅沢に並べられている。

特にブラッドとレッドルは馴染みのある亜人の食材に満足げな表情を浮かべている。

グリズラとナミラは剛蔵の後ろに控えながら、彼にかいがいしく仕えていた。


「これは見事なもてなしだ。」


俺が感謝の意を表し、杯を掲げると、光雅が笑みを浮かべた。


「大谷家は山岳の自然と、亜人たちとの交易で成り立っている。これもその一端だ。どうぞ郷田家の勇士たち、ゆっくりと疲れを癒してくれ。」


勇太や剛蔵も料理に舌鼓を打ち、賑やかな宴が進む中、光雅が静かに俺の横に立った。


「隼人、君の旅の話を少し聞かせてくれないか? 大谷家と郷田家の絆を深めるためにも、率直に話してくれて構わない。」


光雅の問いに、俺はこれまでの道中の話を語り始めた。

旅の中で経験した戦いや困難、共に過ごしてきた仲間たちのことを話すと、光雅は興味深げに耳を傾けた。


「なるほど……郷田家もまた強い。戦士たちの心が繋がっていること、それこそが真の力だ。隼人、君もその一員として、これからも期待しているぞ。」


光雅の言葉に俺は深く頷いた。

宴はさらに盛り上がり、笑い声と賑わいが屋敷全体に満ちていった。

そして、大谷光雅は剛蔵の結婚の話を聞くと、杯を掲げて笑い声を上げた。


「それはめでたい!剛蔵、ついに身を固めたか。郷田家の武勇伝はよく耳にするが、まさか結婚の話までとはな!」


光雅のその言葉に、剛蔵は少し照れくさそうに頭をかきながらも、周りの視線を気にする様子はなかった。

そばにはグリズラとナミラが控えており、彼女たちも誇らしげな表情を浮かべている。


「剛蔵殿、お二人まとめて同時に結婚とは、まさに豪傑の名に相応しい。しかも鬼人たちを相手にして勝ち取ったという話だな。ぜひ、その武勇伝を詳しく聞かせてくれ。」


光雅が興味津々な様子で促すと、剛蔵は少し恥ずかしげながらも、道中で山賊との戦いや伊達家での模擬戦のことを語り始めた。

周囲の客たちも次第にその話に引き込まれ、剛蔵が戦いの様子を語るたびに大きな拍手が湧き上がった。


「それにしても、鬼人たちを相手にするとは、さすが郷田家の豪傑だ!」


光雅はさらに楽しそうに杯を干した。

ブラッドとレッドルもその話に乗り、時折、俺や勇太の武勇についても話してくれた。

光雅も彼らにすっかり興味を持ち、特にブラッドの堂々とした態度には感心している様子だった。


「鬼人たちもまた頼もしいな。ブラッド、レッドル、君たちも大谷家に来てくれて嬉しい限りだ。」


ブラッドはにっこりと笑って杯を掲げた。


「俺たち鬼人は、強い者を認める。そして、大谷家のもてなしもまた、俺たちを歓迎してくれているようで嬉しいぜ。」


レッドルも頷きながら続ける。


「戦士として、互いに認め合うのは大事なことだ。」


その時、光雅が思い出したかのように不意に提案した。


「そうだ、せっかくだ。明日は一つ、相撲でもしないか?」


「相撲……?」


少し驚いた俺に、光雅は笑みを浮かべながら説明を続けた。


「そうだ、大谷家では時折こうして相撲を楽しむんだ。力と技を試すには最適な場だ。剛蔵も、ブラッドも、レッドルも、どうだ?郷田家と大谷家、武力を示し合う絶好の機会だろう?」


ブラッドが興味津々な表情で頷く。


「それは面白そうだな。俺たち鬼人は、力の勝負が大好きだ。」


剛蔵も笑顔を浮かべて同意する。


「いいだろう、久々に腕を試すとしよう。」


宴はさらに盛り上がり、翌日の相撲の話題で持ちきりとなった。

俺も明日の試合がどんなものになるのか、期待と興奮を胸に秘めながら杯を干す。


その後、光雅がふと俺に話しかけてきた。


「隼人、菊は元気にしているか? お前の母上とは、あの力三との出会いが忘れられん。」


光雅の言葉に、俺は微笑みながら答えた。


「はい、母は健在です。相変わらず元気で、郷田家を支えています。」


光雅は懐かしそうに笑みを浮かべた。


「菊は強かったな。力三も負けず劣らずだったが、あの時の相撲は今でもよく覚えている。隼人、お前は父上と母上の馴れ初めを聞いたことがあるか?」


少し考えながら答える。


「はい、以前、郷田家で絢子様や恵様から伺いました。母が相撲大会で父に勝って、でもその後剣術の試合で父が勝った……その話です。」


光雅は嬉しそうに頷いた。


「そうか、あの話をもう聞いているならいい。まさにその通りだ。あの時、菊は南方の大谷家の代表として相撲に出場していた。強靭な体と怪力で、対戦相手を次々と投げ飛ばしていった。俺たちもその様子を見て驚いたよ。」


母の姿を思い浮かべ、俺は誇らしく感じた。


「ええ、聞いています。母は大谷家の誇り高い戦士だったんですね。」


「そうだ。そして、最後に立ち上がったのが郷田家の代表、力三だ。二人の戦いは凄まじいものだったよ。菊の力も凄かったが、力三も互角に渡り合い……いや、ほとんどの場面で押し返していたんだ。しかし、最後に力三が押し倒されて、菊が勝った。」


「父が……負けたなんて、何度聞いても信じられません。」


俺の目には、いまだ信じがたいという表情が浮かんでいた。

力三は無敵の存在として俺の中に刻まれているからだ。


光雅は笑いながら杯を置いた。


「だが、それで終わりではなかった。力三はすぐに菊に剣術での再戦を申し出て、今度は菊が力三に圧倒された。二人はその試合を通して、互いに尊敬し合い、ついに結ばれることになったんだ。」


両親の強さと絆を改めて知り、俺は心を動かされた。


「ただの政略結婚ではなかったということですね。」


「そうだ、郷田家と大谷家が結ばれたのは、単なる力の誇示ではない。二人の絆があったからこそのことだ。お前の母、菊は強靭だが、優しさも併せ持っていた。そのおかげで郷田家も今のように強固な家となった。」


光雅は満足そうに語った後、ふと真剣な表情に戻り、俺に尋ねた。


「それにしても、隼人。菊の父母はまだ存命だ。ここにいる間、ぜひ会って挨拶をしておくべきだな。お前の母がどう育ち、どんな家族に囲まれていたのか、彼らからも話を聞いてみるといい。」


俺は深く頭を下げ、感謝の言葉を述べた。


「ありがとうございます。必ずご挨拶させていただきます。」


宴席は和やかに続き、光雅や他の者たちとの会話の中で、俺は改めて家族や自分の力を再認識し、郷田家の名に恥じぬよう新たな覚悟を胸に刻むのだった。

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