洞澤

幾度もの山賊の襲撃を軽く蹴散らし、ようやく俺たちは洞澤(ほうたく)の街にたどり着いた。

ここは大谷家の領内に位置する山間の街で、黒蛇洞と呼ばれる大洞窟があり、魔物素材が豊富に採れることで有名な場所だ。

街の周囲には濃い霧が立ち込め、山の厳しさを感じさせるが、街中には温かみのある家々が立ち並び、活気に満ちている。


「ここが洞澤か……なかなかいい街じゃねぇか」


剛蔵が満足そうに周囲を見渡しながらつぶやく。


「さっさと風呂に入りてぇな」


勇太が肩を揉みながらぼやく。

険しい山道を越え、何度も戦闘があったから、皆に疲れが溜まっているのがわかる。


宿屋に入ると、気さくな女将が出迎えてくれた。

ここは温泉が自慢らしく、旅の疲れを癒すには絶好の場所らしい。

俺たちは早速部屋を取り、風呂へ向かった。

広々とした温泉には湯気が立ち込め、石造りの湯船が静かに俺たちを迎え入れている。


湯に浸かると、自然と体の力が抜けていく。

隣には剛蔵と勇太、そしてブラッドやレッドルも一緒だ。


「おい、気持ちいいじゃねぇか!」


ブラッドが豪快に笑いながら湯船の縁に肘をつき、湯に浸かっている。

その大きな体が湯船の中でも際立っていて、俺たちが一回り小さく見えるほどだ。


「こういう湯に浸かるのは悪くねぇな」


レッドルも少し嬉しそうだが、父ほどはしゃがずにリラックスしている様子だ。


「やっぱこういうのは必要だな、戦の後は。体がほぐれる感じがするぜ」


俺も肩まで湯に浸かり、目を閉じながら体を癒す。


「剛蔵、疲れは取れるか?」


少し隣にいる剛蔵に声をかけると、剛蔵が豪快に笑った。


「へっ、こんなもんで取れる疲れなら楽なもんだがな」


その口調の割に、湯に浸かっている剛蔵の表情はどこか緩んでいる。


「ふん、お前たち、ちょっと戦ったぐらいでそんなに疲れてるのかい?」


レッドルが軽く挑発的な笑みを浮かべ、俺たちを見やる。


「お前に言われたくねぇな、レッドル」


勇太が軽く睨み返しつつも、すぐにその顔は笑いに変わった。


「でも、この湯は気持ちいいって認めざるを得ねぇよ」


風呂から上がると、大広間に案内されて豪勢な料理と地元の酒で宴が始まった。

テーブルには山の幸が並び、焼き立ての川魚やジビエ、野菜やキノコ料理が豊富に並べられている。

外の寒さとは対照的に、暖かい照明が部屋を照らし、温かい雰囲気が漂っていた。


「おぉ、こいつは美味そうだな」


剛蔵が一番に席に座り、料理に手を伸ばすと、グリズラとナミラが彼の左右に侍っている。


「剛蔵様、どうぞお召し上がりください」


ナミラが丁寧に酒を注ぎ、グリズラも剛蔵の食事に笑みを浮かべて付き合っている。


「いやぁ、こんなに世話してもらえるなら、悪い気はしねぇな」


剛蔵は満足そうに笑いながら、二人に囲まれて楽しんでいる。


俺と勇太は前に並べられた料理を眺めていた。


「このキノコ、すげぇな……」


俺は興味津々で皿に盛られたキノコの盛り合わせに箸を伸ばす。


「そんなの食うのか? 俺は遠慮しとくわ」


勇太は眉をひそめながら川魚に手を伸ばす。


「俺もだな。キノコなんざ食ってもしょうがねぇ」


剛蔵もキノコには見向きもせず、肉料理にかぶりついている。


「いいさ、全部俺が食べるからな」


俺は笑いながらキノコを次々と口に運んだ。

歯ごたえのあるキノコの風味が口いっぱいに広がり、思わず満足そうな表情を浮かべる。


「こいつは美味いぞ。お前らも食べてみろよ」


「遠慮しとくって言っただろ。米がいいんだよ、米が!」


勇太は次々と米を食べ、酒を飲んでいた。


一方で、ブラッドも食事を楽しんでいたが、その量は他の誰よりも多い。

豪快に肉を噛みちぎり、骨ごとかじっては酒を一気に飲み干している。


「この酒も悪くねぇな」


ブラッドは大きな杯を手にし、一気に飲み干す。

隣で息子のレッドルも少し控えめに酒を口にしていた。


「親父、少し控えろよ。あとで歩けなくなるぞ」


「バカ言え、これくらい何でもねぇよ!」


ブラッドは豪快に笑い、さらに酒を飲み干した。


その様子を見ていた俺は、ゆっくりと杯を口に運びながら静かに笑った。


「お前ら、相変わらずだな」


「まぁな。あとはこの旅が終わるまでしっかり戦ってみせるさ」


ブラッドがニヤリと笑う。

グリズラとナミラも剛蔵に尽くしながら、彼の武勇を称えるように微笑んでいる。

剛蔵もまんざらではなさそうだ。


「この山の幸、やっぱりいいな。温泉といい、いい街だ」


ふと呟くと、女将が嬉しそうに近づいてきた。


「ありがとうございます。ここのキノコは特産品で、地元の誇りです。旅の疲れを癒すためには、ぜひお召し上がりください」


「うん、すごく美味しいよ」


俺は笑顔で答え、さらにキノコを平らげた。

グリズラやナミラに囲まれる剛蔵、豪快に食事と酒を楽しむブラッド親子、そして地元の美味しい料理と酒。

洞澤の街の温もりに、俺たちはすっかり癒されていた。


宴が夜遅くまで続き、疲れもすっかり癒されてきた頃、宿の女将に案内され、それぞれの部屋に向かうことになった。

その時、剛蔵がニヤリと笑いながら口を開く。


「俺はな、今日はグリズラとナミラと一緒に泊まることにした。もう、こっちの準備は整ってるんだよな」


そう言って、剛蔵は満足そうに笑い、グリズラもナミラも控えめに微笑みながら剛蔵の腕に絡んでいた。


「あんたらは外でしっかりと楽しんできな」


グリズラが柔らかな声で俺たちに言い、ナミラも色っぽく囁く。


「剛蔵様はお疲れでしょうし、今夜は私たちが癒してさしあげますわ」


剛蔵はますます満足そうに笑いを深める。


「おいおい、剛蔵! そんなことしてると、明日動けなくなるんじゃないか?」


勇太が冗談混じりにからかうと、剛蔵は笑い飛ばした。


「バカ言え。俺に限ってそんな心配はいらねぇよ。それに、戦場じゃなくてこういう時に楽しんでおかねぇとな!」


そう言って、剛蔵は二人の獣人女性を連れて、自分の部屋へと向かっていった。

その背中を見送りながら、俺は思わず肩をすくめる。


「さて、俺たちはどうする?」


勇太に声をかけると、ブラッドが興味深げに笑みを浮かべて応える。


「この街、なかなか面白そうじゃねぇか。夜の雰囲気も悪くねぇ、ちょっと外を見て回ろうぜ」


すでに酒をたっぷり飲んでいたが、ブラッドはまだ何か面白いことが起こる予感を感じているようだ。


「俺も賛成だ。せっかくこんな街に来たんだ、夜の様子を見ない手はないだろ」


レッドルも父に続くように、湧き立った表情を見せた。


「行くか、じゃあ」


俺は立ち上がり、勇太も肩を軽く叩いて誘った。


「まぁ、剛蔵がしっぽりやってるなら、俺たちは外で楽しむとしよう」


勇太も笑って同意し、俺たちは夜の街へと繰り出した。


洞澤の夜は静かでありながらも活気があった。

街道沿いには明かりが灯され、商店や酒場が賑わいを見せている。

昼間の険しい山道や戦闘の跡などを感じさせない穏やかな空気が流れていた。


「なんだ、思ったよりも賑やかだな」


俺は歩きながらつぶやいた。


「おう、夜は夜で活気があるんだな。いい街じゃねぇか」


ブラッドが豪快に笑いながら通りを見回す。

周囲には地元の住民や、旅の冒険者たちも行き交い、各店からは食事の匂いと楽しそうな声が聞こえてくる。


「酒場でも行ってみるか?」


勇太が提案すると、ブラッドもレッドルも賛同する。


「そうだな。旅の疲れを癒すために、ちょっと一杯やるか」


俺も笑顔で同意し、一行は街角にある小さな酒場に入った。


酒場はこじんまりとしていたが、山の素材を使った料理や地元の酒が揃っていた。

店内に入ると、冒険者たちがテーブルを囲み、賑やかに談笑している。

彼らもまた、洞澤の黒蛇洞で魔物を倒し、素材を採集している者たちのようだ。


「ここ、いいじゃねぇか」


ブラッドが席につき、笑顔で杯を手に取った。


「みんな、好きなだけ飲んで食べろよ」


俺が声をかけると、勇太やレッドルも杯を手にして酒を飲み始めた。


「今日も剛蔵があんな調子だからな……明日は出発に遅れないようにしろよ」


勇太が笑いながら冗談めかして言う。


「ははは、俺たちが酔い潰れるなんて、そんなことはねぇよ!」


ブラッドが豪快に笑い、周囲の冒険者たちもその声に反応して笑い合っていた。


こうして俺たちは酒を楽しみながら、洞澤の夜を満喫していた。

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