昼食にて
祖父母との面会を終えた俺たちは、大谷家の広々とした廊下を歩きながら屋敷へ戻っていった。
歩きながら、別れ際に祖父母がかけてくれた言葉が心に蘇る。
「隼人、勇太、郷田家でも、これからも強く生きろ。お前の母・菊の強さは、我が大谷家の誇りだ」
鷹雅は俺の肩を力強く叩き、凛とした声でそう告げた。
年老いた今でも、彼の姿勢には威厳が満ちていて、戦場で恐れられた大将そのものだった。
「力三様によろしく伝えてね。そして、またいつでも大谷家に帰っておいで」
葵は優しい笑みを浮かべながら俺の手を取り、温かく声をかけてくれた。
母・菊もこの手で育てられたのだと思うと胸が熱くなり、彼女の手のぬくもりが心に深く響いた。
「ありがとうございます、お祖父様、お祖母様。また必ず戻って参ります。父や母にも伝えます」
そう言って俺は丁寧に頭を下げ、家族の絆を再確認しながら、敬意を込めて別れの挨拶をした。
屋敷へ戻る途中、俺たちは大谷家の広大な庭園を横切った。
四季折々の草花が咲き誇り、風に揺れる木々が優しく日差しを和らげている。
祖父・鷹雅がかつてこの庭で数多くの戦士を育て、家族を守ってきたと思うと、その重みがさらに感じられた。
「大谷家ってやっぱりすげぇな……」
隣で勇太がぽつりとつぶやき、まるで城壁のように続く庭園の先を見つめている。
「郷田家も同じくらいの歴史があるが、こうして大谷家の地に立つと、やっぱり違うものを感じるな」
剛蔵も重々しい声で同意し、その目に庭の壮大さと歴史の重みが映っていた。
俺は何も言わず、静かにその景色を目に焼き付けた。
この大谷家での時間が俺にとって何を意味するのか全てはまだ理解していないが、確かに家族の絆が深まっていることを感じていた。
やがて屋敷に戻ると、ブラッド、レッドルと共に当主である光政が落ち着いた笑みを浮かべて俺たちを出迎えてくれた。
「隼人、勇太、剛蔵……。屋敷に戻ってきてくれたことを嬉しく思う。ちょうど昼食の時間だ、ぜひ我が家の食卓に参加してくれないか?」
光政の言葉に、俺たちは一同頷き、彼の案内に従って広間へと向かった。
広間に入ると、山の幸を中心とした料理がずらりと並んでおり、芳醇な香りが広間全体を満たしている。
紫苑、紅蘭、そして梅花の三人の夫人たちが温かく俺たちを迎え、紫苑は堂々とした姿勢で俺たちを見つめ、紅蘭は冷静な目つきで微笑みを浮かべてくれた。
豪快な梅花は
「たくさん食べていってくれ」
と言いながら手際よく料理を取り分けている。
「琴もこの席に加わっている。彼女をしっかり見ていってくれ」
光政の促しで視線を向けると、彼の娘・琴が柔らかく微笑みながら座っていた。
「お噂はかねがね伺っております。母からも、郷田家の皆様がいかに強く、賢いかを聞いております」
凛とした姿勢と落ち着いた表情に、俺は母・菊の面影を感じ取った。
「こちらこそ、大谷家のご厚情に感謝します。琴様のことは一樹兄もきっと気に入るでしょう」
そう伝えながら、彼女が一樹兄にぴったりだという確信を強めていく。
昼食の席が進む中、廊下から軽やかな足音が響き、扉がゆっくりと開いた。
現れたのは、紅蘭の息子、玲二だった。
彼は冷静で落ち着いた表情を浮かべ、後ろにはグリズラとナミラも控えている。
「お待たせしました。グリズラ様、ナミラ様をお連れしました」
玲二が礼儀正しく一礼すると、光政は満足そうに頷き、穏やかに返した。
「玲二、よく戻った。彼女たちを迎えに行ってくれたこと、感謝する」
玲二を席に招き入れ、光政は俺たちと自分の家族を見渡してから、改めて話し始めた。
光政が子供たちを順に紹介していく中、俺たちは彼らが持つそれぞれの個性と役割に感銘を受けていた。
剣は堂々たる体格と凛々しい態度で、その存在感が光政の言う「武」の象徴であることが一目でわかる。
玲二の落ち着きと知略に長けた様子もまた、冷静さを大事にする紅蘭に似たものを感じた。
そして、琴は武人としての素質と品格を兼ね備え、彼女の存在が大谷家の次世代の象徴そのものに見えた。
光政の言葉には、家族一人ひとりを誇りに思う気持ちが溢れていて、その強固な絆が大谷家の強さの秘訣であることを感じた。
俺もこの家族との結びつきが深まり、自然と琴が郷田家に加わった未来が頭に浮かぶ。
琴の姿はまさに母・菊を思わせ、兄・一樹にとっても理想の伴侶になるだろう。
ふと隣に座った剛蔵が小声で俺に話しかけてきた。
「隼人、琴殿は一樹兄にぴったりだと思わないか? ただの美人じゃない、戦士としての風格もある。まさに理想だ」
その言葉に俺も頷くと、勇太が酒を飲みながら同意するように微笑んだ。
「そうだな。一樹兄にはぴったりの伴侶だよ。琴殿のような豪傑が郷田家に入ってくれたら、俺たちも心強い」
俺はただ黙って、山の幸であるキノコや獣肉をがっついていた。
他の者たちは野菜や魚を好んでいるようだったが、俺はひたすら肉やキノコを平らげていた。
レッドルやブラッドもまた獣肉を楽しんでいて、俺たちの豪快な食べっぷりが光政の子供たちにも興味を引いたようだった。剣が不意に俺に話しかけてきた。
「隼人殿、あなたの食欲には驚かされます。まさに戦士の胃袋といったところですね」
少し照れつつも、俺は笑顔で返事をした。
「この地の食材がうまいんです。特にこのキノコと獣肉、戦場での疲れを癒してくれますからね」
俺の態度に、光政の子供たちも笑みを浮かべ、会話が和やかに進んでいく。
琴もまたレッドルやブラッドとすぐに打ち解け、武勇談に花を咲かせていた。
「琴殿、その強さは噂以上ですね。今日の相撲大会でぜひその力を見せてもらいたい」
レッドルが豪快に笑いながら言うと、琴も負けじと笑みを浮かべた。
「ぜひお手合わせ願いたいですね。お二人の鬼人としての力も、私自身の武勇に取り入れたいところです」
さらに、琴は女性同士ということもあり、ナミラやグリズラともすぐに打ち解け、互いの戦いぶりや家族の話をしながら笑い合っていた。
その和やかな姿を見て、俺たちも自然と琴の魅力に引き込まれていく。
彼女がもし郷田家の一員となったなら、その武勇と社交性が家族全体を盛り上げるに違いないと、俺たちは確信を深めていった。
「琴殿が一樹兄に嫁いでくれれば、郷田家はますます強くなるな」
と剛蔵が呟くと、勇太も頷きながら静かに言った。
「ああ、一樹兄も気に入るだろう。まさに理想の嫁だ」
俺もまた、琴が一樹兄の嫁にふさわしいと感じ、郷田家と大谷家の絆がさらに深まることを心から期待していた。
俺は「美味い、美味い」と豪快に食べ進め、山の幸や獣肉を次々と平らげていった。
その豪快な食べっぷりに周りも驚いていたが、特に剣は強く興味を抱いたようで、一旦自分の皿を置き、俺に話しかけてきた。
「隼人殿、あなたはずいぶんと独特な食事をされますね。よほど山の食材が気に入ったのですか?」
俺は口元を拭きながら微笑んで答えた。
「はい。このキノコと獣肉が特に美味しくて、戦場での疲れを癒してくれるんです。自然の恵みは次の戦いに備えるためにも欠かせません」
俺の答えに、剣はますます関心を深めたようで、さらに身を乗り出して尋ねてきた。
「隼人殿、あなたの食事の選び方には戦士としての理があるのですね。実に興味深い。ところで、日頃、どのような剣術の修行を積んでいるのですか? 私も剣術を学んでおりますが、あなたほどの武勇を持つ者の訓練方法を知りたいのです」
少し戸惑いながらも、俺は丁寧に答えた。
「僕の修行は、郷田家の伝統に従っています。剣術はもちろんですが、剣だけでなく、勉学や戦略も大事だと教えられてきました。知識が戦いに活きることがあるんです。父や兄たちも言っていましたが、剣術と勉学を両立させてこそ、本当の力が得られると」
剣は興味深そうに頷き、さらに質問を重ねた。
「剣術と勉学の融合……それは面白い考え方ですね。知識が武に繋がるとは思いませんでした。隼人殿、どのような知識が戦闘で役立つのですか?」
少し考えながら答えた。
「例えば、地形を利用した戦術や、相手の心理を読む勉強ですね。魔法を使う際にも、理論を学んでおくことで無駄に力を消耗せず発揮できます。僕はまだ学んでいる途中ですが、一樹兄のように知識と武力を兼ね備えた者になりたいと思っています」
その言葉に剣は深く感銘を受けたようで、真剣な眼差しを俺に向けた。
「なるほど……勉学と修行を両立させることが真の強さに繋がるのですね。私はこれまで剣にのみ集中していましたが、あなたの話を聞いて考えを改めなければなりません」
俺は笑って頷いた。
「剣も重要ですが、知識を活かすことで戦いがもっと広がります。ぜひ試してみてください」
剣はその言葉に深く感謝し、俺への敬意を示した。
昼食が進むにつれて、話題は徐々に現代的なトレーニング理論へと移っていった。
もちろん、かつての日本で学んだ知識や陸上競技の経験をそのまま話すことは避け、時代に合った表現に置き換えて伝えようとした。
「僕は、体を鍛えるときに一つの法則を守っています」
俺は静かに話し始めた。
「毎日同じ部分ばかり鍛えるのではなく、日によって脚を中心に鍛えたり、次の日は上半身を重点的に鍛えたりするんです。こうすることで体全体が均等に強くなり、過剰な負担をかけずに長く鍛錬を続けられます」
剣は驚いたように頷いた。
「なるほど……つまり、一部に無理な負担をかけることなく、全身をバランスよく強化するということですね。私はこれまで全ての部位を同時に鍛えようとして疲労がたまってしまっていたのですが、それは効率的ではなかったのかもしれません」
「そうなんです。体には休む時間も必要です」
と俺は続けた。
「例えば、脚を鍛えた翌日は腕や肩の鍛錬に集中して、体全体の力を維持しながら強化する。それに、走ったり跳ねたりすることも重要です。速く動ければ剣術でも有利ですし、力強い投擲ができれば戦場での武器の扱いにも役立ちます」
剣がさらに深く頷く一方で、近くにいた玲二も話に加わった。
「それはまるで、武術だけでなく体全体の能力を高める訓練法ですね。隼人殿、そのような方法はどこで学ばれたのですか?」
少し考えた後、笑って答えた。
「僕が聞いた話では、遠い異国の戦士たちが自分たちの限界を探るために、さまざまな訓練法を試していたそうです。剣を振るうだけでなく、重いものを投げたり、走ったり跳ねたりして自分を鍛え続けていたとか」
玲二は目を輝かせて感心し、
「なるほど……つまり、戦士にとって単なる腕力だけでなく、全体的な運動能力が重要だということですね。これは、私たちの訓練にも取り入れるべき知識です」
剣もまた深く頷き、感慨深そうに言った。
「こういった理論に基づいた鍛錬法は、ただ力任せに鍛えるだけでは得られない強さを生むでしょう。隼人殿、ありがとう。あなたのおかげで新たな視点を持つことができました」
玲二も深く頭を下げ、
「隼人殿、この知識は大変貴重です。これからの大谷家の若者たちにも役立つことでしょう。本当に感謝します」
こうして、俺は現代的なトレーニング理論を時代に合った言葉で伝え、剣や玲二はその新しい視点に大いに感動し、感謝を示してくれた。
俺もまた、自分の知識がこの時代に役立つことに手応えを感じていた。
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