後の戦い

その時、俺は一歩前に出た。


「いいだろう……俺が受けて立つ」


静かにそう告げると、場の全員が俺に注目した。

勇太が驚いて俺の方を見たが、俺は彼に向かって軽く笑って見せた。


「お前……やるのか?」


「逃げるわけにはいかないだろ。郷田家が臆病だなんて、言わせておけるかよ」


俺は静かに言った。

確かに、これは罠かもしれない。

彼らは最初からこの試合を有利に進めるために、後から人数を増やす策略を練っていたのだろう。

だが、ここで引けば、郷田家の名に泥を塗ることになる。


「それに、剛蔵はすでに3人を倒した。俺がここで倒れたとしても、郷田家の力は示されている」


「……隼人……」


勇太は一瞬躊躇したが、俺の決意を感じ取ったのか、口を閉ざした。

剛蔵も黙って俺を見つめ、最後に小さく頷いた。


「……いいだろう。だが、順番はまだ俺だ。俺にやらせろ」


剛蔵がそう言い、試合場へ向かった。


「さて……誰が次に出てくるんだ?」


場の空気は張り詰め、観客たちも静かに見守っていた。

剛蔵は疲れた体に鞭打ち、次の対戦相手に目を向けた。

狼の獣人フェンリルが、ゆっくりと戦いの場へと歩み出す。

彼は鋭い目つきで剛蔵を見据え、灰色の毛が風になびいていた。

ライガとはまた違った冷静な雰囲気を漂わせ、まるで獲物を狙うハンターのようだった。


「これで……4人目か……さすがに、疲れてきたな」


剛蔵は一瞬息を整え、汗を拭う。

だが、その瞳にはまだ闘志が燃えていた。

フェンリルもまた、剛蔵を冷静に見据えながら構える。


「どうした、もう疲れているようだな。無理をする必要はない。ここで倒れればいい」


フェンリルは冷ややかな声で挑発してくる。

その鋭い目は、まるで相手の心の中まで見通しているかのようだった。


「黙れ……俺はまだやれる……!」


剛蔵は怒りを抑えつつ、再び構えを取る。

そして試合の開始の合図が鳴ると同時に、フェンリルが一瞬で間合いを詰めた。

彼の動きは素早く、まるで風のようだ。


「早い……!」


剛蔵は驚きつつも、何とかその攻撃をかわそうとするが、フェンリルの鋭い爪が彼の腕をかすめる。

軽い傷とはいえ、爪の攻撃は鋭く、痛みが走る。


「くそ……!」


剛蔵はすぐに反撃に転じ、強烈な拳をフェンリルに向かって繰り出した。

だが、フェンリルはまるで予知していたかのようにその攻撃をかわし、逆に剛蔵の脇腹に素早いキックを放った。


「ぐはっ……!」


剛蔵は苦痛に顔を歪めながらも踏ん張る。

だが、その一撃で体力がさらに削られ、体の動きが鈍くなっているのがわかった。


「お前は強い……だが、限界だろう」


フェンリルは冷静な声で言い放ち、再び攻撃の構えを取った。

剛蔵は息を切らしながらも、必死に体を立て直す。


「俺はまだ……終わらねぇ!」


剛蔵は渾身の力を振り絞って、再びフェンリルに向かって突進した。

彼の拳はフェンリルの顔面に向かって放たれたが、フェンリルはその動きをあっさりと見切り、またしても回避する。


「遅い!」


フェンリルの素早い回し蹴りが剛蔵の腹部に命中し、剛蔵はその場で膝をついた。

体中に疲労が襲い掛かり、視界がかすむ。


「くそ……動け……!」


剛蔵は歯を食いしばり、立ち上がろうとした。

だが、体は思うように動かない。

フェンリルはゆっくりと近づき、その爪を剛蔵の胸元に突きつけた。


「これで終わりだ。もう倒れるがいい」


その言葉が響いた瞬間、フェンリルの爪が剛蔵の胸をえぐり、彼の意識は次第に遠のいていった。


「ぐっ……!」


剛蔵はそのまま地面に崩れ落ち、動けなくなった。

観客席からは悲鳴と驚きの声が上がり、郷田家の者たちは信じられないように剛蔵を見つめていた。


「くそ……俺は……!」


剛蔵は歯を食いしばりながら意識を保とうとするが、視界がどんどん暗くなり、ついに失神してしまった。

フェンリルは無表情のまま立ち上がり、冷ややかな目で倒れた剛蔵を見下ろしていた。


「剛蔵が……負けた……!」


勇太が苦しげに呟き、俺もその場で拳を握りしめた。

剛蔵がここまで戦い抜いてきたのに、限界を超えて戦った結果、倒れてしまった。


「お前らの力もその程度か」


フェンリルが冷たい目で俺たちを見据え、嘲笑のような表情を浮かべる。

周囲の傭兵団たちも嘲りの笑みを浮かべ、郷田家を侮辱するように囁き始めた。


その時、俺は一歩前に出た。


「いいだろう、次は俺がやる」


静かにそう告げた瞬間、場の空気が変わった。

剛蔵が失神し、倒れたまま動かない。

救護班に運ばれていく剛蔵。

俺は怒りを抑えつつ、次に立ち上がろうとしたが、その時、勇太が素早く俺の前に出た。


「隼人、ここは俺に任せろ!」


勇太の声は力強く、その瞳には剛蔵を倒したフェンリルへの怒りが燃えていた。


「でも……」


俺は一瞬戸惑ったが、勇太の決意を感じ取った。

彼はフェンリルが剛蔵を嘲るのが、どうしても許せなかったのだろう。


「お前の出番はまだだ。ここは俺が終わらせる」


勇太は鋭い目でフェンリルを睨みつけながら拳を握りしめた。

そして、ゆっくりと前に進み出た。


「どうした、次は貴様か?」


フェンリルは薄笑いを浮かべながら勇太を見下ろしていた。

剛蔵を倒したばかりで余裕の表情だが、勇太はその笑みを見てさらに怒りを募らせていた。


「剛蔵を倒して、そんなに嬉しいか?」


勇太は冷静に問いかけながらも、声には怒りが滲んでいた。


「当然だろう。奴は過信していた。強いと勘違いしている者を倒すのは快感だ」


フェンリルが冷笑しながら言うと、勇太の顔が一瞬だけ険しくなった。

彼はじっとフェンリルを睨みつけ、拳を握りしめたまま静かに答えた。


「剛蔵はあんたを侮って負けた訳じゃない。……俺をあまり怒らせるな」


勇太の声は冷たく、鋭く響いた。

その瞬間、場の空気がピリリと張り詰めた。


試合の合図が鳴ると同時に、フェンリルが再び素早く動き出した。

獣のような俊敏さで間合いを詰め、鋭い爪を振り下ろそうとする。


「またその動きか……!」


勇太はその動きをしっかりと見極め、ギリギリでかわす。

フェンリルの鋭い爪が彼の髪をかすめ、わずかにその勢いを感じた。


「今度はこっちだ!」


勇太はすかさず反撃に転じ、鋭い拳をフェンリルの腹に叩き込んだ。


「ぐはっ……!」


フェンリルは驚いた顔をしながら苦痛の声を上げ、一瞬後退した。

だが、すぐに立て直し、今度は横からの蹴りで勇太を狙ってきた。


「その程度か?」


勇太はその攻撃を冷静に受け流し、さらに強烈な一撃をフェンリルの脇腹に放った。


「お前が剛蔵を嘲るのが許せないんだよ!」


勇太は怒りを爆発させるように言い放ち、再び拳をフェンリルの顔面に叩き込んだ。

フェンリルの身体が大きく揺らぎ、その目が一瞬ぼんやりとした。


「これで……終わりだ!」


勇太はさらに追撃を加え、剛蔵直伝の鋭いアッパーカットをフェンリルの顎に打ち込んだ。

強烈な一撃が見事に決まり、フェンリルはそのまま後ろに倒れ込んだ。


「くっ……!」


フェンリルは必死に意識を保とうとしたが、勇太の拳の力は次の試合など考えずに渾身の力で撃ち抜いていた。

フェンリルの身体は重く地面に沈み、そのまま意識を失って動かなくなった。


「……失神させるつもりなんてなかったがな」


勇太は静かに言いながら、立ち尽くした。

観客席からは驚きの声とともに、勇太の力に対する賞賛の声が湧き上がった。


「やった……! 勇太が倒したぞ!」


俺もその場で安堵の息をつきながら、勇太の背中を見つめた。

彼は息を整えながらも、まだ冷静な表情を崩さない。


剛蔵が倒れたことにより、会場の空気は一瞬不安に包まれていたが、勇太の勝利によって再び郷田家の強さが証明された。

勇太は静かに倒れたフェンリルを見下ろし、深く息をついた。


「これで終わりだ。お前たちの嘲りは、ここで終わらせてやる」


その言葉が静かに広間に響き渡った。

勇太は剛蔵の仇を見事に討ち、郷田家の名誉を守ったのだった。

フェンリルを失神させた勇太が、静かに勝利を収めたかに見えた。

しかし、まだ戦いは終わっていなかった。

次の対戦相手、ブルードンがゆっくりと前に進み出てくる。


鯨の魚人であるブルードンは、これまで相手にしてきた中で圧倒的な巨体を誇っていた。

全身が厚い皮膚で覆われ、その姿はまさに巨岩のようだ。

彼の一撃一撃は、まるで地震のような重さと破壊力を持っている。


「次は……お前か……」


勇太は重く息を整え、ブルードンを見上げる。

先ほどまでの戦いで、すでに体力を消耗しているが、彼の闘志はまだ衰えていなかった。


「お前のような小さな戦士が、俺に勝てるとでも思うか?」


ブルードンはその低い声で挑発しながら、ゆっくりと拳を握りしめた。

その巨体が動くたびに、地面がわずかに揺れるほどだ。


「……やってみなきゃ、分からねぇだろ!」


勇太は拳を握り直し、強烈な一撃を狙って構えを取った。

ブルードンがじわじわと距離を詰めてくる中、勇太は一瞬の隙を見極めようと集中していた。


試合の開始の合図とともに、ブルードンが一気に突進してくる。

その動きは巨体に似合わぬ速さで、勇太は驚く間もなく、彼の巨大な拳が迫ってきた。


「うおっ……!」


勇太はなんとかその一撃をかわし、ブルードンの横腹に渾身の拳を叩き込む。

だが、彼の厚い皮膚はまるで岩のように硬く、その拳もほとんど通じない。


「これが俺の防御だ……その程度の攻撃じゃ、傷一つ付かない」


ブルードンは余裕の表情を浮かべながら、さらに次の一撃を繰り出してくる。

その拳は地面を砕き、周囲の砂埃が舞い上がった。


「くっ……!」


勇太は再びその攻撃をかわすが、次の瞬間にはブルードンの蹴りが彼の腹部に命中する。


「ぐはっ……!」


強烈な衝撃が勇太の身体を吹き飛ばし、彼は地面に激しく叩きつけられた。

だが、すぐに立ち上がり、体勢を立て直す。


「これだけか……もっと強い攻撃を見せてみろ!」


ブルードンが挑発するように言うと、勇太は再びその巨体に向かって突進した。

彼の狙いはブルードンの膝だった。

巨体を支えるその部分に強烈な蹴りを叩き込む。


「これでどうだ!」


勇太の渾身の蹴りがブルードンの膝に命中し、わずかに巨体がぐらつく。


「ほう……少しは効いたか」


だが、それでもブルードンは倒れない。

勇太は続けざまにパンチを放ち、何とか巨体を揺らそうとするが、その防御力は圧倒的だった。


「このままじゃ……勝てない……!」


勇太は頭の中で次々と戦術を練り直すが、すでに体力は限界に近づいていた。

そして、ブルードンの次の一撃が彼に迫る。


「死ね!」


ブルードンが大きく拳を振り上げ、勇太に向かって振り下ろす。

その攻撃はまるで大砲のように重く、勇太はギリギリで回避したが、その衝撃でバランスを崩した。


「くそっ……!」


勇太は立て直そうとするが、その一瞬の隙をブルードンは見逃さなかった。

次の瞬間、彼の強烈な肘打ちが勇太の背中に命中しめり込む。


「ぐはっぼっ……!」


勇太は吹き飛ばされ、地面に倒れ込んだ。

息が詰まり、身体が動かない。

彼は何とか立ち上がろうとするが、ブルードンの巨体がすぐに彼の上に覆いかぶさろうとする。


「もう立つな……お前の体力は限界だ」


ブルードンは冷たく言い放ち、そのまま勇太にとどめを刺そうとした。


だが、勇太は諦めなかった。

最後の力を振り絞り、拳を握りしめて立ち上がろうとする。


「……まだ、終わらねぇ!」


勇太は立ち上がり、ブルードンの顎を狙って最後の一撃を放った。

その拳は見事に命中し、ブルードンは一瞬ふらついた。


「これで……!」


だが、それでもブルードンは倒れなかった。

勇太の体力は尽き果て、最後の一撃を放った瞬間に身体が限界を迎えた。


「終わりだ……」


ブルードンが冷たく言い一撃を放つ、勇太の身体が宙を舞い再び地面に崩れ落ちた。

彼は全力を尽くして戦ったが、力及ばず、失神してしまった。


「勇太……!」


俺はその場で叫んだが、勇太は動かない。

観客席からも悲鳴が上がりった。


「やっぱり……俺の勝ちだ」


ブルードンは冷静に言い放ち、立ち去ろうとした。

その巨体は傷ついていたが、まだ倒れるには至っていない。


「次は……お前だな」


ブルードンは俺を指さしながら冷たい笑みを浮かべた。

俺は勇太が善戦した姿を見て、心の中で拳を握りしめた。


「いいだろう……次は俺がやる!」


俺は深く息を吸い込み、次の戦いに向けて気持ちを整えた。

勇太が限界まで戦ってくれたことで、俺の闘志はさらに燃え上がっていた。

勇太が善戦した末に倒れ、俺の心の中には怒りが燃え上がっていた。

ブルードンが勝ち誇ったように勇太を見下ろし、冷笑を浮かべているのがどうにも許せない。


「これが貴様ら郷田家の実力か? 俺の前では、誰も立てないんだよ」


ブルードンがそう言い、倒れた勇太を冷たく嘲笑した瞬間、俺はもう抑えきれなかった。


「黙れ……!」


俺の怒号が場に響き渡った。

観客たちが静まり返り、ブルードンが驚いたようにこちらを見た。


「お前が強いのは分かっている。だが、勇太を嘲るなんてこと……絶対に許さねえ!」


俺は一歩前に出た。

怒りで全身の血が滾り、拳を握りしめたままブルードンを睨みつけた。

ブルードンは不敵な笑みを浮かべながら、その巨体を誇示するかのように両腕を広げた。


「何だ、次は貴様か? 勇太と同じように倒されるだけだ」


「その口を閉じろ!」


俺は声を荒げ、怒りのままに突進した。

ブルードンは驚くこともなく、冷静に構えを取った。


「来いよ、小さな戦士!」


ブルードンが挑発するように吠えたが、俺は止まらなかった。

俺の拳は怒りで爆発し、全力でブルードンの腹に叩き込まれた。


「うおおおおっ!」


俺の怒号が響くと同時に、ブルードンの巨体が揺らぎ、その表情が一瞬苦しみに歪んだ。


「何だ、この力は……!」


ブルードンが驚きの声を上げるが、俺はさらに追撃を加えた。

全身の力を使って、彼の膝に強烈な蹴りを放つ。

膝がぐらつき、ブルードンの巨体が一瞬沈んだ。


「これで終わりだ……!」


俺はさらに飛び上がり、渾身の蹴りを彼の顔面に叩き込んだ。

つま先がブルードンの顎に直撃し、その巨体が後ろに倒れ込む。


「ぐああああっ!」


ブルードンは苦痛に呻きながら地面に崩れ落ち、身動きが取れなくなった。

観客席からは驚きと興奮の声が上がり、全員が静まり返った。


「……立てよ!」


俺は倒れたブルードンを見下ろし、さらに怒鳴りつけた。


「お前はさっき、俺の兄弟を嘲ったよな? 立ってもう一度言ってみろ! お前が強いだと? ふざけるな!」


俺の怒号はまるで雷鳴のように響き渡り、ブルードンは怯えたように顔を歪めた。

彼はその場で苦しそうに身体を震わせていたが、もう立ち上がることはできなかった。


「どうした? 立てねえのか? 郷田家を笑ってた口を、もう一度聞かせろよ!」


俺はさらにブルードンを挑発し、彼の顔の前に拳を突き出した。

だが、ブルードンは何も言わず、完全に戦意を失っていた。


「……もういい」


俺は最後に冷静な声でそう言い放ち、拳を引いた。

観客席からは静まり返ったまま、誰もが俺の勝利を見守っていた。


「勇太を嘲る奴には……こんなもんじゃ済まさない」


そう言い残して、俺はブルードンに背を向けた。

彼の巨体は地面に沈んだまま動かず、完全に圧勝したことを確信した。


「隼人……やったな」


勇太が辛うじて意識を取り戻し、俺に微かに笑いかけた。

俺はそれを見て、やっと肩の力を抜いた。


「当然だ。お前を笑う奴に、俺が負けるわけねえだろ」


俺は勇太の肩に手を置き、静かに微笑んだ。

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