御前試合
試合の日がやってきた。
伊達家の庭に設けられた御前試合の場。
武器は無し。
肉体同士で戦う。
力と力のぶつかり合いだ。
観客席には、伊達家の重臣たち、郷田家の兄弟たち、そして玲奈も静かに座っていた。
秀隆の指示により、今日は3対3の形式で、互いの武力を確かめ合うこととなった。
先鋒に名乗りを上げたのは、郷田家の屈強な戦士、剛蔵だ。
いつものように、その力強い姿に全員が注目していた。
「よし、俺が3タテしてやるよ」
剛蔵は大きな声でそう宣言し、自信満々に試合場へと進み出た。
剛蔵の強さを知る俺たちは、彼ならそれが可能だろうと確信していた。
試合の開始を告げる太鼓の音が静かな空気に響き渡ると、先鋒の剛蔵がゆっくりと前に出た。
その屈強な体格と力強い歩みに、郷田家の者たちだけでなく、伊達家の重臣たちも息を呑む。
「心配するな」
剛蔵は自信満々に言い放ち、場の空気を和ませようと笑みを浮かべた。
観客席からは勇太が小さく手を振りながら声をかける。
「頼んだぞ、剛蔵!負けるなよ!」
「誰に言ってんだよ、楽勝だっての!」
剛蔵は勇太の言葉に笑い返すが、その目は鋭く、すでに次の戦いに集中していた。
そして、対するはレッドル、鬼人の息子だ。
体格は人間の二倍はあろうかという巨体で、筋肉がそのまま岩のように隆起している。
鋭い牙が覗き、額からは小さな角が生えていた。
「こいつが……鬼人の息子か」
剛蔵は目の前の巨体を見上げながら、口の端を引き締めた。
だが、臆する様子はまるでない。
逆にその巨体を見て、さらに闘志を燃やしていた。
レッドルがゆっくりと拳を構え、低い声で言った。
「貴様が先鋒か。倒すのは簡単そうだな」
「でかいだけの奴には興味ねぇよ」
剛蔵はそう応え、軽く両腕を回してから、ゆっくりと拳を構えた。
観客席の雰囲気がピリピリと張り詰め、試合の緊張感が漂う。
試合開始の合図が鳴ると同時に、レッドルはその巨体に見合わない猛スピードで剛蔵に突進してきた。
地面が揺れるほどの衝撃が響き渡る。
「うぉおおおっ!」
レッドルが全力で拳を振り下ろす。
だが、剛蔵は冷静にその拳を避け、すぐにカウンターを狙って脇腹へ強烈な一撃を加えた。
「そこだ!」
「ぐっ……!」
レッドルの巨体が一瞬揺らぎ、苦しそうにうめき声を上げる。
しかし、すぐに態勢を立て直し、今度は横薙ぎに腕を振り回して剛蔵を殴りつけようとする。
「まだまだ!」
その巨体に似合わぬ素早さで、レッドルの拳が剛蔵に向かって迫る。
だが、剛蔵はまたも冷静に後退し、攻撃を交わした。
「遅いぜ!」
剛蔵はその隙を逃さず、再びレッドルの脇腹に肘を叩き込んだ。
「ぐはっ……!」
レッドルは苦しげにうめき、体がわずかに揺れたが、倒れない。
剛蔵はその場で一瞬体勢を整えると、次の瞬間にはまたしても鋭いパンチを彼の顔面に叩き込んだ。
「さすがに、効いただろ?」
剛蔵は軽く息を整えながら、余裕の表情を浮かべて言った。
レッドルは苦痛に顔を歪めながらも、まだ立っている。
「この……俺が……!」
レッドルは怒りの声を上げ、再び剛蔵に向かって突進してきた。
その巨体が勢いよく地面を踏みしめ、さらに大きな拳を振り下ろす。
「力だけじゃ俺には勝てねぇよ!」
剛蔵はそれを冷静にかわすと、最後の一撃をレッドルの顎に向けて放った。
「これで終わりだ!」
アッパーカットが華麗に決まりレッドルの脳が衝撃で揺れる。
剛蔵の拳が見事に命中し、レッドルはその巨体ごと後ろに倒れ込んだ。
地面が揺れるほどの衝撃が広がり、観客席からはどよめきが起こる。
「やったな、剛蔵!」
勇太が歓声を上げ、観客席からは拍手が沸き起こった。
剛蔵は一息ついて拳を握りしめると、笑顔を見せて勝利を宣言する。
「よし、1タテだ!」
剛蔵の自信に満ちた声が試合場に響き渡る。
観客席からは、伊達家の戦士たちが不穏な顔を浮かべていたが、まだ次の相手が控えている。
「これからが本番だな……気を引き締めろ」
レッドルを倒した剛蔵が勝ち誇った笑みを浮かべ、拳を握りしめていた。
だが、次の相手が静かに前に進み出た時、剛蔵の表情がわずかに引き締まった。
今度の対戦相手はギャビオス。
鋭い歯と青い鱗に覆われた、サメの魚人だ。
「さっきの奴よりは……速そうだな」
剛蔵はギャビオスを睨みながら、ゆっくりと構えを取った。
相手はレッドルのような圧倒的な巨体ではないが、その俊敏さと水中戦での強さは有名だった。
「さっきの鬼人とは違うぞ。俺は速さで勝つ!」
ギャビオスは鋭い目つきで剛蔵を見据え、舌なめずりをした。
その口には無数の鋭い歯が並び、まるで今にも獲物に噛みつこうとしているサメそのものだった。
「速さか……なら、それを見せてみろよ!」
剛蔵が笑みを浮かべながら言うと、ギャビオスは地面を蹴り、一瞬で距離を詰めてきた。
その動きは予想以上に速く、まるで水中を泳ぐかのように滑らかだった。
「そこだ!」
ギャビオスの鋭い拳が剛蔵の脇腹を狙った。
だが、剛蔵は瞬時にそれを見切り、わずかに身体を横にずらしてかわす。
「甘い!」
剛蔵はすかさずカウンターの一撃を放ち、ギャビオスの腹に拳を叩き込んだ。
重い衝撃音が響き、ギャビオスは苦痛に顔を歪めながらも、すぐに体勢を立て直した。
「くっ……! だが、まだまだだ!」
ギャビオスはすぐに反撃に転じた。
今度は鋭い爪を使い、剛蔵の顔面を狙ってきた。
剛蔵はその動きに反応し、腕で防御するが、ギャビオスの爪は防御を破るほどの鋭さだった。
「おっと……なかなかやるな」
剛蔵はわずかに後退しながらも、再び構えを取り直す。
ギャビオスは呼吸を整えながら、次の攻撃を狙っている。
「今度こそ決めてやる!」
ギャビオスが再び突っ込んでくる。
今度は一気に剛蔵の懐に飛び込み、その鋭い歯を剛蔵に向けた。
「こいつ……噛みつく気か!」
剛蔵は驚きつつも、ギャビオスの動きを冷静に見極める。
鋭い歯が迫る瞬間、剛蔵は素早く足を使って軸をずらし、ギャビオスの攻撃をかわした。
「そこだ!」
剛蔵はギャビオスの背後に回り込み、強烈な肘打ちを彼の脇腹に叩き込んだ。
ギャビオスは痛みに声を上げ、よろけながらも倒れこそしない。
「ぐはっ……! だが、これで終わりじゃない!」
ギャビオスは必死に耐え、再び攻撃を仕掛けようとした。
だが、その動きはすでに鈍くなっていた。
剛蔵はそれを見逃さず、再び正面からのパンチを彼の腹に叩き込んだ。
「これで終わりだ!」
ボディーブローが深々と鳩尾に刺さりギャビオスの呼吸を止める。
剛蔵の拳が見事に命中し、ギャビオスはそのまま地面に崩れ落ちた。
息を荒げながらも、彼は立ち上がることができなかった。
「2タテだ!」
剛蔵が拳を握りしめながら勝利を宣言する。
彼は再び観客席に向かって笑みを浮かべ、余裕を見せた。
観客席からも歓声が上がり、勇太が喜びの声を上げる。
「いいぞ、剛蔵! あと一人だ!」
だが、剛蔵の顔には少し疲れが見え始めていた。
ギャビオスの素早い動きに対応し、ここまで力を使ったことで、次の戦いへの影響が出るかもしれないという不安が脳裏をよぎる。
「次で……3タテだ」
ギャビオスを倒した剛蔵が立ち上がり、拳を握りしめて宣言した。
だが、次の対戦相手がゆっくりと前に進み出ると、剛蔵の視線が鋭さを増した。
「次は……虎の獣人か」
最後に立ちはだかったのは、全身が虎柄の毛に覆われた獣人、ライガだった。
彼は筋肉質の体格と鋭い爪を持ち、獲物を狙うような目つきで剛蔵を睨んでいた。
さっきまでの相手とは違い、攻撃力と防御力、そして俊敏さを兼ね備えた、まさにバランスの取れた強敵だった。
「さすがに、少し疲れが出てきたな……」
剛蔵は小さく息を吐き、ライガを睨み返す。
2連勝を収めたとはいえ、すでに体には疲労が蓄積していた。
だが、ここで引くわけにはいかない。
「お前が最後か。さっさと終わらせてやるよ!」
ライガが低く構え、鋭い目つきで剛蔵を見据える。
「お前、ここで倒れるぞ……その顔を見ればわかる」
虎のような動きで、じわじわと距離を詰めてくるライガ。
剛蔵は構えを崩さず、その動きを冷静に見ていた。
試合の合図と共に、ライガが一瞬で距離を詰め、鋭い爪を剛蔵に振り下ろした。
虎の獣人特有の獣の反射神経で、瞬時に攻撃が繰り出される。
「早い……!」
剛蔵は驚きつつも、ギリギリで攻撃をかわし、すぐに反撃の態勢を取ろうとしたが、ライガは一撃目を外した瞬間、すでに次の攻撃を準備していた。
鋭い爪が再び剛蔵の顔面を狙って迫る。
「くっ……!」
剛蔵は何とかその攻撃を受け止めたが、強烈な力に押され、腕がしびれた。
疲労が積み重なった状態で、ライガの素早い攻撃に対応するのは厳しい。
「やるじゃねぇか……!」
剛蔵は息を整え、再び構えを直した。
だが、ライガの次の一撃はすぐに迫る。
今度は鋭い蹴りが剛蔵の腹に突き刺さるように放たれた。
「ぐっ……!」
剛蔵は腹に痛みを感じながらも、すぐに反撃に転じた。
彼の渾身のパンチがライガの顔面に命中し、虎の獣人は一瞬後退した。
「まだ……終わってねぇぞ!」
剛蔵は限界まで力を振り絞り、さらに追撃を仕掛ける。
今度はライガの脇腹を狙って鋭い肘打ちを叩き込む。
ライガはうめき声を上げながら体勢を崩した。
「よし……!」
剛蔵は再び距離を詰めようとしたが、疲れが一気に襲い掛かり、足が一瞬もつれる。
その隙をライガは逃さなかった。
「ここで終わりだ……!」
ライガは鋭い目で剛蔵を見据え、一気に飛びかかってきた。
鋭い爪が再び剛蔵を狙い、今度はその胸に深く食い込もうとしていた。
「やらせるか……!」
剛蔵は最後の力を振り絞り、ライガの動きを読み切る。
直前で身体をわずかにひねりしゃがみ込む、ライガの攻撃をかわすと同時に、彼の顎に剛蔵が得意の渾身のアッパーを叩き込んだ。
「これで……終わりだぁ!」
剛蔵の拳が見事に命中し、ライガの巨体はそのまま宙に浮いたように感じられた。
虎の獣人は、地面に重く倒れ込んだ。
試合場が静寂に包まれる中、剛蔵は息を切らせながら立っていた。
ライガは動かない。
観客席からは歓声が湧き起こり、郷田家の面々が喜びの声を上げた。
「3タテ……達成だ……」
剛蔵は深く息をつき、勝利を噛みしめるように拳を握りしめた。
ギリギリの勝利だったが、最後まで自分を信じて戦い抜いたその姿勢に、誰もが感嘆していた。
勇太が剛蔵の背中を叩き、笑顔で駆け寄った。
「お前……やるな!」
「まぁな……最後の方はヒヤヒヤしたけどな」
剛蔵は疲れた顔で笑い、拳を緩めた。
彼は限界まで戦ったが、勝利の達成感に満ちていた。
これで、剛蔵は見事に3人を倒し、郷田家の強さを見せつけることに成功したのだった。
剛蔵が3タテを達成し、息を整えて立ち尽くしている。
観客席には歓声と拍手が巻き起こり、郷田家の者たちはその勝利に喜びの声を上げていた。
しかし、その歓声も束の間、不穏な空気が場を包み始めた。
「……まだ終わってないぞ!」
突然、傭兵団の一人が立ち上がり、大きな声を上げた。
剛蔵が驚いてその方向を見やると、さらに三人の戦士が試合場へと進み出てきた。
「なんだ……?」
場の空気が一気に緊張感を帯びる。
伊達家の者たちも戸惑いの表情を浮かべ、郷田家の者たちもざわめき始めた。
「何のつもりだ……? 剛蔵が三人を倒して、勝負はついたはずだろう!」
勇太が怒りの声を上げるが、傭兵団の一人、先ほど剛蔵に倒されたライガがゆっくりと立ち上がり、冷ややかな笑みを浮かべて言った。
「ふん、何を言っている。団体戦の基本は先鋒、次鋒、中堅、副将、大将、そして統領だ。それを知らないのか?」
剛蔵は額に汗をにじませながら、顔をしかめた。
「何だと? そんなこと最初に聞いてねぇぞ……!」
「お前らが人数を揃えられないのが悪いんだ。俺たちは最初から団体戦のつもりだった」
ライガは冷静に、まるで当然のことのように言い放つ。
周囲の傭兵団のメンバーも同意するように頷いていた。
「ふざけるな! 郷田家はそんな不正な戦いを受けるつもりはない!」
勇太が激昂し、前に出ようとするが、剛蔵が手を伸ばして彼を止めた。
「待て、勇太。こいつらは罠にかけようとしている」
剛蔵は息を切らしながらも、冷静に状況を見極めていた。
彼らは最初からこの戦いを有利に進めようとしていたのだ。
「逃げるのか? 郷田家は臆病だな!」
傭兵団の一人が嘲笑するように言った。
「奥したか? お前たちが勝手に自信過剰になって、これ以上戦うのが怖いってことだろ?」
「郷田家が強いと思っていたが、この程度か……所詮、勇ましいのは口だけだったか」
嘲りの声が次々と上がり、場はさらに荒れ始める。
観客席からもざわめきが広がり、勇太もその侮辱に顔を赤くして怒りの表情を浮かべた。
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