勉学

戦の翌日、俺は体中が痛み、包帯に包まれていた。

だが、じっとしているのは性に合わない。

怪我をしていても、俺はこの世界のことを知るために二郎のもとに足繁く通うようになった。


二郎の部屋は郷田家の中でも一際静かで、書物が山のように積まれている。

その一角に、俺は身を落ち着け、彼からこの世界の勉学を学ぶことにした。


「隼人、意外だな。お前がこうして真剣に学ぼうとするとは」


二郎は驚いたように言った。

彼は俺のことを、ずっと脳筋だと思っていたようだ。

前世の記憶を持つ俺にとっては、戦場での力も重要だが、それだけでは生き抜けないと知っている。

何より、この世界の魔法や知識は、俺にとって未知の領域だった。


「いや、俺も分かってるんだ。強さだけじゃ、この世界では生き残れない。知識が必要なんだよ」


そう言うと、二郎は満足そうに微笑んだ。


「そうか、ならば隼人、これを見てみろ。ここに書かれていることは、ただの戦術や戦法ではなく、魔法や薬草学も含まれている。お前がこの世界で学ぶべきことは多い」


二郎は棚の奥から分厚い書物を取り出した。

魔法や薬草学、どれも俺が前世では触れたことのないものばかりだった。

最初は目を通すだけで難しそうだと思ったが、読み進めるうちに少しずつ理解が深まっていった。


さらに、絢子や彼女が連れてきた教師である斎藤達三も、俺に様々な知識を教えてくれた。

絢子は冷静な口調で魔法の理論を教え、達三は古くからの薬草学や森人の知識を伝えてくれた。


「隼人様、これは森人の国から伝わる魔法の基本です。火や水だけでなく、もっと複雑な自然の力を操る術を学んでください」


斎藤達三は分厚い本を広げ、次々に難解な言葉を並べていく。

だが、俺にとって前世での数学や科学の知識が役立つ場面も少なくなかった。

計算や論理的な思考を応用すれば、この世界の魔法の理論も少しずつ理解できる。


「これは……応用できるな」


前世の知識と、この世界の魔法や技術が交わる瞬間に、俺は興奮を覚えた。

保険会社で働いていた頃、数学や経済を駆使していた経験がここで役に立つとは思わなかった。


だが、ふと気づくことがある。

郷田家の経営や政治においても、俺の知識が役立つ場面が多いのではないかと。


「これ、もっと効率よくできるはずだよな……」


家計や兵糧の管理、領地の統治に関する話を聞くたびに、俺は口を挟みたくなることが増えていた。

しかし、今はその時ではない。

俺にはまだその立場がないし、そこまでの権限もない。


「今は……学ぶ時だ」


俺は自分に言い聞かせた。

二郎や絢子、斎藤達三が俺に教えてくれる知識を吸収し、この世界で自分の居場所を確立するために。

特に、魔法や薬草学といった前世では触れたことのない分野に注力し、俺は少しずつこの世界の仕組みを理解していった。


やがて、俺は二郎や絢子の期待に応えるだけの成長を遂げつつあった。

毎日が学びの連続だが、それは戦いで感じた痛みとは違い、心地よい充実感をもたらしてくれる。


「俺はもっと強くなれる……知識でも、力でも」


そう感じながら、俺はまた次の書物に手を伸ばした。


絢子が俺を可愛がってくれるようになったのは、戦の後からだ。

それまではどこか距離を感じていたが、今ではまるで二郎のように優しく接してくれる。

俺も最初は戸惑ったが、彼女の微笑みや優しい言葉に、自然と気持ちがほぐれていく。


「隼人、無理をしすぎないでね。勉強も大事だけど、体もちゃんと休めなきゃ」


絢子がそう言って俺を気遣ってくれるたび、俺は顔が熱くなるのを感じた。

絢子は美人だ。

俺の前世の美的感覚からすれば、この世界で最も現代的で洗練された美しさを持つ。

そんな彼女にちやほやされるなんて、前世ではあり得なかったことだ。


「……あ、ありがとう、絢子様」


俺は照れくさそうに答えるが、そのたびに顔が赤くなっているのが自分でも分かる。

絢子の微笑みに、胸が高鳴るのを止められなかった。


一方で、戦場での経験を経て、俺の体は確実に成長していた。

あの戦で幾人もの敵を斬り、命を賭けた日々を経たことで、どこか俺の中に何かが目覚めたように感じている。

レベルアップしたかのような感覚だ。


今では、かつて圧倒的に強かった剛蔵とも、互角に近い戦いを繰り広げることができるようになってきた。

もちろん、まだ剛蔵の方が強いし、技術では及ばない部分も多いが、それでも体力や力ではだいぶ追いついた。


「おい、隼人。今日も相手してくれよ」


剛蔵はいつもと変わらず、厳しくも愛情を持って俺に挑んでくる。

俺もその言葉に笑いながら応じる。

訓練場での彼との稽古は、いつも激しいものだったが、最近は俺の体格が成長してきたことで、以前のような圧倒的な差は感じなくなっていた。


俺の体は、ここ数ヶ月でますます大きくなっていた。

筋肉もつき、身長もかなり伸びて、もう小柄な大人と変わらないほどの力と体格を持っている。

前世では考えられないような肉体の成長だ。


「お前、また大きくなったな……」


剛蔵が驚いた表情で俺の体を見ながら呟いた。

俺は笑いながら肩をすくめた。


「俺もまだ成長中だからな。剛蔵兄さん、追いついてみせるさ」


「そう簡単にはいかんぞ。お前もだいぶ強くなったが、まだまだ俺には及ばん」


剛蔵はそう言いながら、木刀を構える。

俺も同じく木刀を構え、彼に向かっていく。

激しい音が訓練場に響き渡り、俺たちの戦いは続く。


剛蔵との稽古が終わると、体は汗でびっしょりだったが、心地よい疲労感が広がっていた。

俺は戦のたびに強くなっていることを実感していた。

戦場での経験、絢子や二郎との知識の交流、そして剛蔵との日々の訓練。

そのすべてが、今の俺を形作っている。


「もう小柄な大人ぐらいの力と体格だな……」


自分でもそう思うほど、成長の速度は早かった。

けれど、この成長を感じるたびに、俺はさらに強くなることへの欲望が膨らんでいく。


俺はこの世界で、もっともっと強くなれる。

そして、いつかは兄や剛蔵、そして父のような存在に追いつける日が来る。

その日を夢見ながら、俺は明日もまた剛蔵との稽古に向かうのだった。

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