行脚

合戦から一年近くが経ったある夜、俺と勇太は、父・力三、兄・一樹、そして二郎に呼び出された。郷田家の屋敷の広間には、緊張感が漂いながらもどこか温かな空気が流れていた。


広間の中央には父・力三が、片腕と片足を失った体を支えるようにして座っていた。その横には、一樹と二郎が控えている。


「隼人、勇太。座れ」


力三の低い声に促され、俺たちは正座した。父の視線は鋭く、だがその奥にはどこか優しさが滲んでいる。以前よりは体の自由が効かなくなった父だが、その威厳は変わっていなかった。


「お前たちに全国行脚の旅を命じる」


父の言葉は重く、俺たちはその重みを受け止め、真剣に耳を傾けた。


「一樹の嫁を探すための旅だが、それだけではない。この旅でお前たちは、郷田家の未来を背負う者として各地の領主と会い、郷田家が次にどう動くべきか、その目で確かめてこい。この世界をその目と身体で体験し、世間を知れ」


力三はそう言うと、手元の書簡を俺たちに差し出した。それは、郷田家の世代交代を正式に知らせる重要な書簡だった。俺たちの任務は、この書簡を確実に各領主に届け、郷田家の新たな力を示すことだ。


「この書簡は、一樹が俺の跡を継いだことを示すものだ。お前たちは、これを確実に各領主に渡し、郷田家の新たな力を示せ」


俺はその書簡を慎重に受け取り、父の視線を見返した。旅の重責が俺たちの肩にかかっていることを、改めて実感する。


「そして、この旅では、剛蔵がお前たちと同行することになる」


ここで一樹が話を引き継いだ。剛蔵は母・菊の親戚筋であり、武術の師匠でもある。訓練では厳しく、時には容赦ない指導を受けたが、この旅での関わり方は異なるようだ。


「だが、この旅の間は、剛蔵を師匠としてではなく、年の離れた兄として接しろ」


「年の離れた兄……?」


勇太が少し驚いた表情で繰り返す。俺も同じく驚きを隠せなかった。剛蔵は信頼できる人物だが、師弟関係を超えた関わり方をするのは初めてだったからだ。


一樹は静かに頷きながら続ける。


「剛蔵は、この旅でお前たちを守り、導く役割を担っているが、あくまでお前たちが主役だ。彼を兄のように頼りにしつつ、自分たちで判断し行動しろ。これも郷田家のための修行だと思え」


二郎が小さく笑いながら言葉を付け加えた。


「剛蔵も、お前たちと一緒に成長することを望んでいるだろう。だから、過剰に気を遣わず、家族として接すればいい」


「そしてもう一つだ」


父・力三が再び口を開いた。静かだが鋭い目が俺たちを見据える。


「この旅の間、お前たちは家のことを気にせず、全力で任務に当たれ。後のことは俺たちに任せろ」


その言葉に、俺たちは自然と背筋を伸ばした。父や一樹、二郎がいる限り、郷田家は強固なままだ。俺たちが何の心配もなく旅に出られるのは、彼らが守ってくれているからだ。


「……はい、父上」


俺たちは揃って頭を下げた。


力三は一度小さく息を整え、俺たちに向かって片手を差し出した。その手には、三本の刀が握られていた。


「これが、お前たちの力となる武器だ。隼人、勇太、お前たちにこの刀を授ける」


まず父は、俺に長く重厚な刀を差し出した。


「隼人、これが大蛇刀だ。お前の怪力と迅速な動きで、この刀を思う存分振るうがいい」


大蛇刀は黒蛇洞の魔物素材で鍛えられており、刀身が太く長い。1.5メートルを超える刀身の厚みと重量感を感じながら、俺は父からその刀を慎重に受け取った。敵をまとめて薙ぎ払うために作られたその刀は、まさに前線での突撃に適したパワー型の武器だ。


次に、父は勇太に流刃刀を渡した。


「勇太、これは流刃刀だ。お前の素早い動きに応じてしなるように設計された刀だ。お前の俊敏さでこの刀を操り、敵を翻弄しろ」


流刃刀は細くしなやかで、勇太の敏捷な動きをサポートする形状になっている。軽量でありながら魔物素材でできているため、耐久性も抜群だ。勇太はその刀を見つめ、静かに父に礼を言った。


最後に、父は剛蔵に雷霆刀を渡した。


「剛蔵、これは雷霆刀だ。重厚さと威力を兼ね備え、相手の攻撃を受け止めて反撃するための刀だ。お前の力で、この刀を最大限に活かすがいい」


雷霆刀は適度な厚みと長さがあり、剛蔵の一撃一撃を強調する重厚なデザインだ。父からその刀を受け取った剛蔵は、うやうやしく頭を下げた。


その夜、俺たちは力三や一樹、二郎の見送りを受けて自室に戻った。旅立ちの日が近づく中、緊張感と期待が入り混じっている。


「剛蔵兄さんか……ちょっと緊張するな」


勇太が冗談めかして言うが、俺も同じ気持ちだった。しかし、それ以上に、この旅で何が待ち受けているのかが気になって仕方がない。


「でも、俺たちでやり遂げよう。郷田家の未来を背負うためにもな」


俺は決意を込めて言った。


「もちろんさ、兄さん。一樹兄さんに最高の嫁を見つけてやろう」


勇太の笑顔を見て、俺も自然と笑みがこぼれる。長い旅路が待っているが、俺たち兄弟はその全てを背負い、郷田家の名を広めるために旅立つ準備を整えていた。



数日後。


「隼人、勇太。準備はできているな?」


一樹の厳しい声が響く。

郷田家の世代交代を告げる重要な旅の出発を前に、俺と勇太は一樹の前に立っていた。

この旅は、単なる行脚ではなく、一樹の嫁探しの旅でもあった。

そして、俺たちはその一翼を担うことになっている。


「もちろんだ、兄さん」


と勇太がすぐに答える。


「しっかり準備してあるよ。一樹兄さんが選んだ嫁候補にどんな人がいるか、楽しみだ」


俺も頷きながら、地図を頭の中で描いていた。

南から始まり、東へ、そして北の平田家、さらには最北の真木家と、ジパルド全土を回る大掛かりな旅だ。

各地の領主に会い、郷田家の世代交代を正式に伝えるだけでなく、兄・一樹の未来を担う相手を探すのも目的の一つだった。


南の伊達家から始まり、次に東の大谷家、そして北の平田家、最北端の真木家へと続く。

その後、斎藤家を訪問し、最後に郷田家へ戻る予定だ。


「これが、各家に渡す手土産だ」


一樹は目の前に五つの大きな宝石を置いた。

これらは郷田家の鉱山から採掘されたもので、それぞれ各領主への贈り物として用意されたものだ。

一つずつ渡すため、旅の途中で大切に持って行くことになる。


「この宝石は、我が家の繁栄と誇りを示すものだ。これを受け取ることで、各家が我々の力を再確認するだろう」


一樹はそう言いながら、俺たちに一つ一つの宝石を手渡した。

重さと光沢に、俺も勇太もその価値を感じ取った。


「各家への書簡もある。これには、俺が正式に力三から跡を継いだことを記したものだ。お前たちは、これを確実に各家の当主に届けろ」


「わかったよ、兄さん。大事な任務だ」


旅にはもう一人の同行者がいた。

郷田家の忠実な戦士であり、母・菊と血縁を持つ剛蔵だった。

彼は独身で、まだ嫁を迎えていない。

それもあって、この旅のお目付け役として同行することになった。

剛蔵は頼もしい存在だが、少し気難しいところもある。


「隼人、勇太。俺がついている間は、勝手なことをするなよ」


「はいはい、わかってるって、剛蔵兄さん」


と勇太が軽く返す。


俺も笑って頷く。


「お前がいれば、この旅も安心だ。剛蔵兄さん」


剛蔵は渋い顔をしながらも、どこか俺たちを気遣っている様子が見て取れた。


旅の始まりは南から。

最初の訪問地は、海沿いの伊達家だ。

伊達家は交易による富を誇り、その港町には異文化の影響が色濃く残っている。


その後、東の大谷家、山岳地帯の武家であり、母・菊の出身地でもある大谷家を訪れる。

さらに、北方の平原が広がる平田家、そして最北端の真木家……。

それぞれの領地は異なる文化と価値観を持っているが、全てが郷田家にとって重要な拠点だ。


「お前たちは、この旅でただ嫁を探すだけではなく、各地の情勢を把握しろ」


と一樹は厳しく言った。


「郷田家が次にどう動くべきか、その目で見て判断するんだ」


そして、ついに出発の日がやってきた。


「隼人、勇太、剛蔵。お前たちに任せたぞ」


一樹の言葉に、俺たちは深く頷いた。

ジパルドの広大な地を巡りながら、兄の未来、そして郷田家の未来を見据えた旅が今、始まろうとしていた。


「さあ、行こうか」


剛蔵が馬に跨り、俺たちもそれに続いた。

ジパルド国の広大な地が、俺たちを待ち受けている。


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