酒宴

松永家との戦が終わり、郷田家にとって長い戦いがついに勝利で幕を閉じた。

郷田家の屋敷、血まみれの疲れ切った兵士たちが集まっていた。

勝利の余韻に浸る間もなく、郷田家の者たちは勝利の酒宴を準備していた。


力三は片腕と片足を失い、満身創痍の状態でありながらも、堂々と席についた。

その姿には痛々しさもあったが、誰もそのことには触れなかった。

むしろ、彼の勝利に対する称賛と尊敬の眼差しが向けられていた。


「……今日をもって、俺は跡目を一樹に譲る」


力三は重々しい声で告げた。

酒の盃を手にし、これまでの激しい戦いを振り返るように一息ついた。

跡目を譲るとはいえ、彼の威厳は失われることはなかった。


一樹は父の言葉に黙って頷いたが、その表情には一筋の涙が浮かんでいるように見えた。

父を誇りに思いながらも、その代償が大きすぎることを痛感していたのだろう。


しかし、今は勝利を祝う時だ。

酒宴には、誰一人として欠席する者はいなかった。

全員が満身創痍で、傷を負っている者も多いが、誰もがこの場に集まり、勝利の祝杯を上げていた。

中には、血を吐きながらも酒を飲む者もいた。

酒の盃が次々に回され、戦いで負った傷を忘れるように、強い酒が彼らの喉を潤した。


「……これが郷田家の酒宴か」


俺もその場に座り、初めての酒を口にした。

強い酒だ。

喉を焼くような感覚が走り、一瞬咳き込みそうになるが、そんな弱音を吐くことはできない。

隣にいる兄弟たちは次々に盃を手渡してきて、何杯も飲まされる。

顔が熱くなり、頭がぐらぐらする。

だが、なぜか心地よい感覚が広がっていった。


酒宴の中心には、宗久の首が晒されていた。

敵軍から奪った金目のものや米が戦利品として積み上げられ、それが次々と兵士たちに配られていく。

奪った装備は、今後自軍で使うか、あるいは商人に売ることになるだろう。

剛蔵が誇らしげに見せびらかす戦利品に、兵士たちは歓声を上げていた。


「これが戦の報酬だ!」


次々に渡される金や米に、疲れ切った兵士たちの顔が笑顔に変わっていく。

皆、血まみれの体で、痛みに耐えながらもこの瞬間を楽しんでいた。

勝利の実感が、ここにあるのだ。


俺は酒に酔いながら、ふと思い出して絢子に近づいた。


「絢子様……あの時、父上に何を話したんですか?」


酔った頭でどうにかその言葉を紡ぎ出すと、絢子は静かに微笑んで答えた。


「……力三様に、魔力を直接身体に流し込む肉体強化魔法を提案したのです」


「肉体強化……」


「ええ。しかし、それは非常に危険な技です。力三様は、魔力を制御できずに、右足を爆散させてしまいました」


その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

確かに父の右足はなかった。

あれは魔力の代償だったのだ。

しかし、絢子が説明する中で、俺の目には父の笑顔が映っていた。

彼は痛みをものともせず、満足げに酒を飲んでいる。

その姿を見て、俺は何も言えなかった。


「絢子様は……やっぱり、美人だよな」


酔いが回っていたのか、俺はつい口に出してしまった。

何度も絢子に向かってそう告げると、二郎が驚いた顔で俺を止めに来た。


「隼人、やめろ! 酔ってるんだろう?」


「いや、二郎兄さんも……お前も美男子だよな」


「……もう何言ってるんだ、お前は!」


俺の酔っ払い具合に周りは笑い声を上げた。

絢子も苦笑していたが、その表情にはどこか嬉しそうな色が浮かんでいた。


やがて、父・力三が絢子を呼び寄せた。

絢子は静かに席を立ち、父のもとへ向かう。


「……父上、絢子様にも報奨か?」


俺が問いかけると、父は笑いながら答えた。


「いや、今日は違うさ」


父と絢子は奥へと消えていく。

そして、その後に響いたのは絢子の嬌声だった。


「……また弟か妹ができるかもな」


二郎が苦笑しながら呟いたが、俺も思わず笑ってしまった。


こうして、血まみれの酒宴は続いていった。

戦いに傷つきながらも、郷田家はその勝利を全身で祝っていた。

戦の終わりがここにあり、新たな始まりが訪れようとしていた。

疲れ切った身体に酒が染み渡り、喉が焼けるような感覚も次第に麻痺していく。

周りでは勝利の余韻に浸る声が響き、誰もが自分たちの力を称えていた。


その時、一樹が静かに俺たちの席に近づいてきた。


「隼人、勇太……よくやったな」


一樹は、俺たちに盃を差し出し、酒を注いでくれた。

その手には、いつもの冷静さと兄としての温かさが宿っていた。

俺も勇太も、自分の兄がどれだけ誇り高い武士かを改めて感じる瞬間だった。


「二郎の策がなければ、今日の勝利はなかった。お前は本当に頼りになる」


一樹は、二郎に向かって微笑みながら酒を注ぐ。

二郎は照れくさそうに笑みを浮かべながらも、兄の称賛に黙って頷いた。


「そして、隼人、お前と勇太もだ。まだ若いというのに、今日の戦いで見せた武勇は見事だった。俺たちの誇りだ」


その言葉に、俺と勇太は互いに顔を見合わせた。

俺たちもまだまだ未熟だが、今日の戦いでは確かに何かを成し遂げた実感があった。

それを兄に認めてもらえるのは何より嬉しいことだった。


「頼む、これからも俺を支えてくれ」


一樹がそう言うと、俺たちは一瞬驚いた。

兄がそんな弱音を吐くなんて、今まで聞いたことがなかったからだ。


「兄さん……らしくないよ」


俺は苦笑しながら答えた。


「俺たちに頼らずとも、兄さんが堂々としてくれればそれでいいんだ。俺たちはそれについていくだけさ」


勇太も笑いながら頷いた。


「そうだよ、兄さん。俺たちが兄さんを支えるさ。だから、あまり頼らなくても大丈夫」


二郎も静かに同意した。

俺たちは兄を支えることを誓いながらも、一樹がその強さを自覚して堂々と前を進んでほしいと願っていた。


その時、ふと俺たちの表情が曇った。

勝利を祝う喜びの中で、俺たちの心には市松と恵の姿が浮かんでいた。

二人のいない酒宴は、どこか寂しく、痛みが胸にこみ上げてきた。


「……市松兄さんも、母上も……ここにいたらな」


俺の呟きが静かな空気に溶け込み、一樹は涙をこらえようと顔を伏せた。

しかし、耐えきれずにぽろりと涙がこぼれた。


「市松兄さん……母上……」


勇太も、二郎も、そして俺も、その思いに耐えきれず、皆で泣いた。

市松と恵を失った痛みは、戦いが終わっても消えることはなかった。

涙を流しながら、彼らがこの場にいないことの悲しみが押し寄せてきた。


しばらくして、一樹は涙を拭い、表情を引き締めて話し始めた。


「……松永家はまだ滅んではいない。跡目は宗久の息子、慶次が継いでいる。だが、俺は必ず松永家を滅ぼし、領地を拡大する」


一樹の声には力が戻り、俺たちは真剣に彼の言葉を聞いた。

松永家はまだ健在で、慶次が跡を継いでいる。

彼は平田家から嫁をもらい、また宗久自身も平田家の文子との間に慶次をもうけている。

平田家との縁戚関係が松永家を支えている今、一樹はその絆を断ち切るつもりなのだ。


「俺は、松永家だけでなく、東の大谷家、南の伊達家、そして北の平田家と向き合うつもりだ。そのためには、どの家とも縁戚関係を結ぶことが有利になるだろう」


俺たちはその言葉に耳を傾けた。

確かに、今後の戦いを有利に進めるためには、強力な同盟関係を築くことが不可欠だ。


「俺は、いずれかの家から嫁をもらい、その力を借りるつもりだ。東の大谷家、南の伊達家、そして北の平田家……。それぞれの利点と危険がある。お前たちの意見を聞かせてくれ」


俺たちはそれぞれ考えを巡らせた。


「大谷家は、母・菊の実家だ。縁戚関係を強化すれば、家の絆も強まるし、彼らの武力を借りることもできるだろう。だが、光雅殿は誇り高い人だ。うまく操縦するのは難しいぞ」


「伊達家は、南方の海上交易で財力が豊かだ。彼らとの縁があれば、経済的にも力をつけられる。しかし、文化が違うし、伊達家は一夫一妻制だから、郷田家の考え方には合わないかもしれない」


「平田家は北の豊かな土地を持っている。もし彼らと手を結べば、食料や資源に困ることはないだろう。しかし、平田 宗広殿は慎重で、戦を嫌う。彼らと組むことで郷田家の軍事力が抑えられる恐れもある。松永家とは既に縁戚関係にあるしな」


俺たちは意見を交わしながら、それぞれの選択肢を真剣に検討した。

戦はまだ終わっていない。

松永家、そして周囲の領主たちとの戦いはこれから本格化していく。


郷田家の未来をどう築いていくべきか。

俺たちはその問いに向き合い、兄弟としての絆を深めながら、新たな戦いに備えることを誓った。

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