山の上から見下ろす松永家の布陣をじっと見つめていた二郎が、突然、口を開いた。


「父上……松永 宗久の作戦が見えたかもしれない」


雨が強く降り続ける中、二郎の冷静な声が響いた。

俺たちは一瞬、緊張感を覚えながら彼の言葉に耳を傾けた。


「本陣に少数の魔法師が見える……だが、これは恐らく陽動作戦です」


二郎はそう言うと、手で松永家の本陣を指し示した。


「宗久は、自分の本陣を守るために少数の魔法師を配置しているように見せかけ、こちらがその弱点を突こうと動けば、背後から伏兵による奇襲を仕掛けてくるつもりだろう」


父・力三が眉をひそめ、険しい表情でその光景を見つめた。


「……なるほど。宗久が策士なら、そんな単純な守りをするわけがない。俺たちをおびき寄せるために、本陣を敢えて脆く見せているのか」


二郎は力強く頷いた。


「ええ。本陣に奇襲を仕掛ければ、我々の背後を突かれる可能性が高いです。しかし、それならば逆に、この策を利用できるかもしれません」


二郎は、自信を持って戦略を提案し始めた。


「郷田家を四つの隊に分けます。まず、一隊は正面から松永家の本陣にじわじわと攻め込みます。松永家にこちらが全力で攻めているように見せかけるため、少数の兵力でも多くの旗を掲げて、あたかも大軍であるかのように見せるんです。天候が悪いおかげで、視界も悪く、この策が使えます」


力三が頷きながらその案に耳を傾ける。

二郎はさらに続けた。


「第二隊は山の上から本陣に突貫する奇襲部隊を編成します。そして残りの二隊は、敵の伏兵が出てくると予測される地点に回り込み、その伏兵の背後を襲います。伏兵が我々に奇襲を仕掛けようとした瞬間、逆に彼らを背後から叩くのです」


その戦略を聞いて、俺たちは一瞬息を飲んだ。

敵の策を利用し、逆にそれを崩すための精密な作戦だった。

父・力三も一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに真剣な表情で二郎に目を向けた。


「二郎……お前の策、悪くない。いや、むしろ完璧だ」


力三はそう言うと、すぐに戦場での配置を指示し始めた。


「正面から攻めるのは一樹、お前の部隊だ。大軍に見せかけてじっくりと攻め込むんだ。奇襲部隊には俺と隼人、勇太、二郎、絢子が加わる。伏兵の背後に回り込むのは菊と剛蔵、お前たちの部隊に任せる」


父の声に、俺たちは力強く頷いた。

戦いの準備が整い、俺たちはそれぞれの役割を果たすべく動き出す。


山道を進む中、俺はふと絢子の隣に立った。

彼女もまた、魔力を練りながら慎重に周囲を見渡している。


「隼人、光魔法の使い方、もう少しコツを教えておこうか?」


俺は驚きながらも、絢子の言葉に耳を傾けた。

彼女は俺と同じく、光魔法を使える者だった。


「光魔法は、ただ光を放つだけではなく、その光を収束させることが大事だ。散らすよりも、意識を集中させ、光を一点に絞り込むと、その威力が増すんだ」


絢子はそう言うと、自分の手に小さな光の塊を作り出し、それを指先で細く絞り込んで見せた。

眩しい光が一瞬だけ集まり、次の瞬間には消えてしまったが、その威力の強さが感じ取れた。


「……なるほど。光を一点に集中させる、か」


俺は絢子の言葉を反芻しながら、自分の中にある光の力を感じ取ろうとした。

体はまだ完全に魔力に馴染んでいないが、少しずつその感覚が掴めてきた気がする。


「もう一つ、土魔法の基礎も教えておくわ。防御のために使えるから、覚えておいて損はないわよ。私から見ても、あなたには魔法の才能があるかもしれないわ。一気に二属性持ちになれた人は初めて会ったのよ。いずれあなたに土の才能が開花するかもしれない。そのときの為に覚えておいて。」


絢子が手を地面にかざすと、周囲の土がわずかに浮き上がり、小さな壁が現れた。

彼女の魔法は、光だけでなく防御にも長けている。

俺はその様子を見ながら、心の中で彼女の強さを感じた。


「ありがとう、絢子様……」


「いいのよ。あなたたちはこれから戦場に出るのだから、少しでも力を発揮してちょうだい」


雨脚がますます強まり、足音もかき消される中、俺たちはそれぞれの配置に向かって進んでいった。

奇襲の部隊に属する俺、勇太、二郎、そして父・力三は、山道を駆け抜け、敵の本陣へと突貫する準備を整えていた。


視界が悪く、雨が降りしきる中、正面からは一樹の部隊がじわじわと攻め込む。

敵は郷田家の本隊が攻めてきたと思い込むだろう。


だが、その裏では、俺たちが本陣を奇襲する。

そして、菊と剛蔵の部隊が伏兵の背後を叩き、戦局を一気に郷田家に有利に運ぶ。

敵の策士、松永 宗久の罠を逆手に取る、二郎の精密な戦略だ。


「今度こそ、郷田家の誇りを守るために……」


俺は再び剣を握りしめ、決戦の瞬間を待った。



一樹達の軍が松永軍の正面に迂回して移動し、いよいよ合戦が始まった。

雨が降り続け、地面はぬかるんで足元が不安定になっている。

だが、そんなことはもはや気にしていられない。

戦場には、剣の音、雄叫び、そして絶え間ない死の匂いが満ちていた。

郷田家の兵士たちは、少数でありながらも、全力で松永家の大軍に立ち向かっている。


前線では一樹が率いる正面隊が、松永家の本陣に向けてじわじわと押し込みをかけていた。

彼の指揮のもと、郷田家の兵たちは一人、また一人と倒れていく。

仲間の死体を乗り越え、次々と前へ進み、雄叫びを上げながら突っ込んでいく姿は、修羅のごとき勢いだった。


「これが……郷田家の戦いか……」


俺は、山の上からその光景を見下ろしながら、心の中で圧倒されていた。

彼らは恐れることなく、命を捨てて突き進んでいる。

郷田家の兵たちは、死を恐れない。

いや、むしろ死を超えて、その力を最大限に発揮しているように見えた。


だが、その一方で、俺の胸には重苦しい疑念があった。


「……父上、どうして奇襲の合図をまだ出さないんだ?」


俺たちは山の上から奇襲を仕掛ける役割だ。

戦局が有利に運びそうになった瞬間に、松永家の本陣を急襲する予定だった。

だが、力三は何かを考え込んでいるのか、まだ合図を出さない。時間が経つほどに、郷田家の兵たちは倒れていく。

正面の一樹たちは少数ながら、敵を押し返しているが、体力も限界に近づいているはずだ。


俺は苛立ちを感じながら、かつての敗戦が脳裏に蘇っていた。


「……あの敗戦も、結局は戦略がなかったせいだ」


俺が思い出すのは、かつての策士、西脇 泰介の死。

彼は敵前逃亡の疑いで責められ、その場で父に斬り捨てられた。

だが、市松の死んだ戦い、敵の魔法師による意外な攻撃による敗戦。

今振り返ってみれば、あの時も問題はただの戦術不足ではなかった。

泰介のような策士がいなかったこと、郷田家がただ力と根性で戦いを挑んだ結果、松永家の策に見事に引っかかってしまった。


「……あれは、力を求めすぎた結果だ」


郷田家の強さ、厳しさ。

それが市松や恵の死に繋がったのではないかという思いが、頭をよぎる。

父や一樹のような強者たちは、その力と気合いで家を支えてきたが、そのやり方が全てではない。

策や計略を軽視してきた結果、郷田家は過去の戦で敗北を喫し、今また同じ危機に瀕している。


だが、一方で、目の前で繰り広げられる郷田家の兵たちの戦いを見ると、その鍛錬と覚悟の恐ろしさを感じずにはいられなかった。

彼らは死をものともせず、何度も何度も立ち上がり、次々と突撃していく。

仲間が倒れても、死体を踏み越えながら、前へ、さらに前へと進んでいく。


「こんなに少ない兵力で、松永家を押し込むなんて……」


一樹たちの戦いぶりに、俺は驚愕を隠せなかった。

通常ならば、圧倒的な数で郷田家は押しつぶされているはずだ。

しかし、実際にはそうではない。

郷田家の兵士たちは、まさに死を超えた存在に見えた。

彼らの中にある「強さ」、それはただの鍛錬ではなく、郷田家の気性そのものが生んだ狂気とも呼べる力だ。


雄叫びを上げ、敵に恐れを抱かせるその姿。

松永家の兵士たちは、郷田家の猛攻に怯え、後退し始めている。


「……これが郷田家の心か」


俺は、厳しさと無謀さが入り混じったこの家の精神に、複雑な思いを抱いていた。

それが市松と恵を死に追いやった一因だと感じる一方で、この狂気じみた鍛錬こそが、今の戦場で郷田家を守るための武器になっていることも事実だった。


だが、時間がない。

奇襲を仕掛けるべきだ。


「父上……俺たち、今こそ動くべきです」


俺は力三に訴えた。

父は考え込んでいたが、俺の言葉にゆっくりと頷き、ついにその口を開いた。


「……そうだな。郷田家の全力を出す時が来た」


そう言うと、父は合図を送った。


「全軍、奇襲を開始する!」


その言葉を聞いて、俺たちは山から本陣に向かって突撃を開始した。

視界が悪く、雨が降りしきる中、俺たちは松永家の背後に回り込み、一気に奇襲をかける。

勇太、二郎、絢子、そして俺も、剣を握りしめて突き進んだ。


「これで決着をつける……!」


郷田家のすべてを背負い、俺たちはついに松永家の本陣へと攻撃を仕掛けた。

力三の鋭い声が雨の中で響き渡った。


「今だ! 突撃しろ!」


その一声を合図に、俺たちは一気に急斜面を駆け下りた。

足元はぬかるみ、滑りやすくなっている。

雨は容赦なく降り注ぎ、視界はぼやけていたが、そんなことは構っていられなかった。

俺たちは、これが郷田家の勝機だと分かっていた。


前を走る者たちの姿がぼやける中、次々と滑って転ぶ音が聞こえる。

何人かは斜面を駆け下りる途中で足を滑らせ、転落していく。

そのまま岩に叩きつけられ、動かなくなる者もいた。

だが、恐怖に怯んで止まることはできない。


「……くそっ!」


俺は自分に言い聞かせながら、足を止めずに必死に駆け下りた。

全身が痛むが、そんなことはどうでもいい。

体が限界を訴えても、俺は目の前の戦いに向かって突き進むしかない。


「いくぞ……!」


周りの仲間たちも声を上げながら、斜面を一気に駆け下りていく。

足を取られそうになるたびにバランスを取り直し、滑りながらも進む。

前を見据え、松永家の兵たちが配備された陣の側面が見えてきた。


「うおおおおおっ!」


俺たちは、力を振り絞って声を上げた。

その叫び声は、雨の中でもしっかりと響き渡り、松永家の兵たちの耳にも届いたに違いない。


「郷田家の奇襲だ……!」


敵兵たちの間に動揺が広がるのが分かった。

彼らは郷田家のいつもの正面からの過剰攻撃を想定していたが、急斜面からの突撃は想定外だったようだ。

俺たちが敵の側面に突っ込むと、彼らは驚愕に満ちた顔でこちらを見た。


「突っ込めぇぇぇ!」


力三の声が再び響き、俺たちは怒号を上げながら敵に切りかかった。


「やああああっ!」


剣を振り下ろし、最初に切りかかった敵兵の顔が引きつっていた。

恐怖に歪み、目は大きく見開かれている。

俺の剣が敵の鎧を斬り裂き、血が飛び散る。

敵は叫びを上げながら倒れ、俺は次の敵に向かって突き進んだ。


「うおおおおおっ!」


俺の周りでも、郷田家の兵たちが次々と敵兵に突撃していく。

彼らの怒号は雨音を打ち消すほどに強烈で、敵兵たちの心を震わせていた。

松永家の兵たちは恐れを感じ、徐々に後退していく。

だが、後退する先には、すでに菊と剛蔵の部隊が伏兵を殲滅して待ち構えているはずだ。


敵兵たちの顔には、徐々に恐怖の色が広がっていった。


「これで……終わりだ!」


俺たちは怒りと恐怖を振り切り、ただ前へ進んだ。

何度も剣を振り下ろし、敵を斬り伏せる。

恐怖を感じる暇もない。

ただ目の前にあるのは、倒すべき敵、進むべき道だった。


「……郷田家に逆らった報いだ!」


敵の兵たちは次々と倒れ、その士気は完全に崩壊していく。

戦場は混乱の渦に巻き込まれ、俺たち郷田家の怒りと強さが、松永家の兵たちに恐怖を植え付けていた。


俺たちの奇襲が功を奏し、松永家の陣形は崩れ始めていた。

想定外の山上からの突撃に、敵は明らかに動揺している。

後退しながらも、彼らはまだ策を放棄してはいなかった。

伏兵のいる場所へと、じわじわと俺たちを誘い込もうとしていたのだ。


しかし、伏兵が現れるはずの場所に見えたのは、俺たちの仲間だった。

菊と剛蔵の部隊が、すでに松永家の伏兵を完全に殲滅していた。

驚愕の表情を浮かべる松永家の兵たちは、もはや後退するしかなかった。


「逃がすな!」


力三の声が再び響く。

俺たちは松永軍を圧倒しながら、魔法師たちとの戦いにも勝利を収めていった。

絢子が光と土の魔法で防御を固めつつ、光の矢を次々と放ち、敵の魔法師たちを次々に打ち倒していく。


だが、その瞬間、松永 宗久が動いた。

混乱の中、彼は本陣を捨て、逃げ出したのだ。


「宗久が逃げるぞ!」


俺たちは一斉に追いかけた。

雨が降り続く中、全員が懸命に走ったが、松永 宗久はすでに遠くへ逃げている。

あと一歩のところで、なかなか追いつけない。

その焦りが、俺たち全員にじわじわと広がっていった。


「くそ、逃がすか……!」


俺の悔しさが声となり、叫びに変わる。

そして、それは俺だけではなかった。

仲間たちも、父も、全員が叫び声を上げていた。


「宗久を逃がすなああああ!」


力三が怒りに満ちた声を張り上げた。

敵に降りかかるような怒号が響き渡る。

しかし、宗久との距離は縮まらない。

焦りと悔しさが募る中、ふいに絢子が父の耳元で何かを囁いた。


「力三様、今しかありません……」


彼女の冷静な声が父の耳元に届く。

父は一瞬驚いた表情を見せ、しかしすぐに笑みを浮かべて言い放った。


「……帰ったら、抱かせろ」


その言葉に、絢子は黙って頷いた。


次の瞬間、力三の姿が消えた。


驚愕と共に、俺は周囲を見回したが、父の姿はどこにも見当たらない。

そして、遠く前方、松永 宗久が逃げる先で雷光が走った。


「……あれは……!」


雷を纏った力三が、突如として松永 宗久の前に現れた。

全身から雷が放たれ、彼の剣がまるで雷そのもののように閃いた。

その瞬間、宗久の顔が驚愕に歪み、次の瞬間には、宗久の首が宙を舞った。


力三の一撃で、松永 宗久は絶命した。

彼の首が地面に転がり、無残な姿となったその瞬間、俺たちの間に一瞬の静寂が訪れた。


「……父上……」


だが、目を凝らして見ると、父の右足が無い。

雷の力を使いすぎたのだろうか、右足が消し飛び、その場に倒れそうになりながらも、力三は最後の力を振り絞って立っていた。


「勝ったぞおおおおお!!」


父の勝鬨が、戦場全体に響き渡る。

力三の怒号は、雨音すらもかき消し、全員に勝利を告げるものだった。


その声を合図に、松永軍は完全に崩壊した。

士気は消え失せ、敵兵たちは命からがら逃げようとする。

しかし、ここで郷田家に情けはない。


「追撃しろ! 逃げる者は全て討ち取れ!」


力三の命令が下り、俺たちはすぐに追撃を開始した。

松永家の兵たちは次々に討たれ、敗残兵も、投降する者もいなかった。

逃げ場を失った敵は全て郷田家の刃にかかり、皆殺しとなった。


血に染まった戦場で、俺たちは完全なる勝利を手に入れた。

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