戦場
松永家との決戦に向かう郷田家の一行は、薄暗い森を抜け、戦場へと続く山道を進んでいた。
俺はまだ体中に残る痛みをこらえながら、剣を握りしめ、前を行く父や菊、剛蔵たちの背中を見つめていた。
二郎も一緒だ。
彼の表情はいつも通り冷静だが、どこか決意が強く刻まれているように見えた。
松永家がすでに領内に攻め込んでいる中、俺たちは少数精鋭で決戦に挑む。
この短時間で得た魔法が、俺たちの唯一の切り札となる。
道中、絢子が俺たちを止め、短時間ではあるが魔法の基礎についての講習を行った。
「皆さん、少し時間をいただきます」
絢子は、いつもの冷静な口調で話し始めたが、そこには少し疲れの色が見えていた。
実は、あの魔力注入の儀式の後、絢子自身も魔力を使いすぎて数日間倒れていた。
俺たちが回復する間も、彼女は自分の限界を超えて力を使っていたのだ。
「……魔法は非常に強力な武器ですが、同時に諸刃の剣です。力を誤って使えば自分や味方を傷つけることもあります。そして、もう一つ重要な点があります——魔法は継続して使えるものではありません。特に、私たちは魔法を強制的に得たばかりです。継戦能力が低いということを頭に入れておいてください」
絢子は全員を見渡しながら、特に俺や二郎に目を向けた。
俺たちは魔法を得たばかりで、まだその使い方が完全にわかっているわけではない。
戦場での力の使い方を間違えれば、自分自身を滅ぼしかねない。
「まずは、基本的な魔法を教えます。魔法の矢と魔法の壁です」
絢子は手をかざすと、瞬時に小さな光の矢が現れ、それが森の木に向かって放たれた。
光の矢は一瞬で木に突き刺さり、音を立てて消えた。
「これが魔法の矢です。各々の魔力の属性によって違いがありますが、基本的には遠距離攻撃として使います。遠くの敵に狙いを定めて、意識を集中させて放つのがポイントです」
次に、絢子はもう一度手をかざし、前方に透明な壁が現れた。
「これが魔法の壁。防御魔法の一種で、敵の攻撃を防ぐことができます。ただし、魔力の量によって持続時間が変わりますし、一度に多くの攻撃を防ぐと破壊されます。自分や仲間を守るために使いましょう」
絢子の説明を聞きながら、俺たちはそれぞれの魔力を手に込めて、試してみることにした。
大谷 剛蔵は、彼の手から炎の矢を生み出し、森の木に向かって放った。
彼の火魔法は強力だが、同時に制御が難しく、放った瞬間に矢が炎上し、大きな火を巻き起こした。
「うおっ、危ねえ……」
剛蔵はすぐに火を消しながら、苦笑いを浮かべた。
「火魔法は強力だが、過剰に使えばこちらも危険だな。慎重に扱わないと」
力三は、雷の矢を放とうとしたが、左手を失っているため、力の調整に苦戦していた。
雷の魔法は強力だが、その力を全身に流すため、過度に使うと体に大きな負担がかかる。
父はその力を感じ取りながらも、何とか矢を放ち、木に直撃させた。
「ふむ……まだまだ使い慣れていないな」
二郎は、不安定ながらも水の矢を放った。
彼の魔法は制御が難しいが、放たれた矢は的確に木に命中した。
彼は全身を震わせながらも、冷静に自分の力を見つめていた。
「水魔法は不安定だが……使い方次第では、相手を拘束できるかもしれない」
俺は、光と風の力を試してみた。
手に力を込めると、光の矢が現れ、次に風の力がそれを後押しして加速した。
だが、その衝撃で俺の全身が痛みで震えた。
まだ魔力が完全に馴染んでいないのだろう。
「……これで、何とか戦えるか」
絢子は、その様子を見て、ゆっくりと頷いた。
「皆さん、魔法は強力ですが、使いすぎないように気をつけてください。消耗すれば、回復するまでに時間がかかります。戦場では冷静に、必要な時だけ使ってください」
全員がそれぞれの魔法の力を確かめながら、絢子の言葉に頷いた。
魔法の力は確かに強力だが、その代償も大きい。
俺たちは、それを理解しながら、戦場に立たなければならない。
「よし、行こう」
父の一声で、俺たちは再び歩みを進めた。
戦場はすぐそこだ。
俺たちは、郷田家のすべてを賭けた決戦に向かって進んでいった。
悪天候が、俺たちの進む山道を覆っていた。
雨がしとしとと降り続き、空は重い灰色の雲に覆われている。
俺たちは、松永家の布陣を山の上から見下ろす位置にいた。
彼らの兵力は圧倒的で、3倍の数を誇っていた。
しかし、松永家の魔法師たちは本陣の周囲に5人ほどしか見えない。
魔法師を頼みの綱とするのか、それとも何か他に計略があるのか、全貌はまだ見えなかった。
雨で濡れた髪をかき上げながら、俺は周囲を見回した。
父・力三は左腕を失いながらも、まっすぐ敵を見据えている。
剛蔵は大きな体で武器を構え、緊張した表情だが、どこか気合が入っている様子だ。
二郎や絢子も、それぞれの魔力を使う準備を進めている。
しかし、俺の目はふと絢子に向かった。
彼女は母・恵とは違い、控えめで静かな雰囲気を持つ女性だ。
前世の俺の感覚からすれば、絢子はまさに楚々とした美人であり、内面から滲み出る冷静さがその美しさを引き立てていた。
だが、この世界では、彼女は醜女として扱われているらしい。
本人も、そのことを自覚しているのだろう。
彼女は周囲の評価を気にしている様子は見せないが、どこかいつも距離を置いている。
それが郷田家に馴染めなかった一因でもあるように思う。
「……絢子様が醜女だって? どう見ても、美人だろうが」
俺はその美的感覚の違いに、いまだに慣れることができなかった。
絢子の整った顔立ちや静かな雰囲気は、現代日本であれば誰もが認めるものだ。
だが、この世界では、彼女は美しいとは見られていない。
一方で、剛蔵や父が絶賛する母・菊は、俺の目には圧倒的な巨体と力強さばかりが目に映る。
郷田家では、菊は絶世の美女として称えられているが、俺にはその美しさが理解できなかった。
そして、その違和感がさらに深まる瞬間が訪れた。
「剛蔵! あんた、頼りにしてるよ!」
菊が笑顔で剛蔵を褒めた時、剛蔵は顔を真っ赤にして照れくさそうに笑った。
「は、はい、菊様……! 頑張ります!」
剛蔵は、母の言葉に完全に照れながらも、嬉しそうに応えていた。
その様子を見て、俺はさらに混乱した。
俺にとっては、大柄で力強い菊はどちらかといえば武士としての恐怖の象徴であり、美女というイメージには到底結びつかない。
だが、剛蔵にとっては、彼女の存在が美しさと同時に魅力として映っているのだろう。
「……理解しがたいな」
俺は心の中で呟いた。
この世界では、美の基準がまるで逆転しているようだった。
剛蔵は実は、母・菊が大谷家から嫁いでくる際に親戚筋として一緒に付いてきた男だ。
大谷家の血を引いており、母の巨体と力強さに似た部分を持っている。
だからこそ、彼は菊の強さと美しさを感じているのだろう。
雨が降り続く中、俺たちは敵の布陣を見下ろしながら、これからの戦いに備えていた。
俺の体にはまだ痛みが残っているが、今はそれを感じている暇はない。
父が、俺たちに静かに話しかけた。
「松永家の当主、松永 宗久について話しておこう」
父の声には、厳しい緊張感がこもっていた。
彼は俺たち全員を見回し、宗久についての情報を共有し始めた。
「松永 宗久は、松永家の当主であり、巧妙な策士だ。彼はただの戦力ではなく、計略を駆使して敵を圧倒することを得意としている。松永家の兵力が我々の3倍あるのはもちろんのこと、魔法師をうまく使いこなし、戦を優位に進めてきた」
「奴が用いる魔法師たちは、基本的に防御と攻撃の両面をカバーできる連携をとっている。今、あの本陣に5人いる魔法師たちは、おそらく宗久を守る盾となりつつ、こちらを攻撃する準備をしているはずだ。だが……」
父の声が一瞬、低くなった。
「奴にはさらに隠された戦力があるはずだ。松永家が本気で攻めてくるなら、魔法師以外にも何かが待ち構えていると見ていい。注意を怠るな」
父の説明を聞きながら、俺は深く頷いた。
敵の数は多く、魔法師も強力だが、それ以上に警戒すべきは松永 宗久の策士としての力だ。
彼は単なる力の戦いを好むタイプではない。
戦いを操り、相手を翻弄するタイプの敵であることが予想された。
「俺たちは、この数を相手にしなければならない」
心の中で覚悟を決めながら、俺は再び剣を握り直した。
郷田家のために、俺たちはここで負けるわけにはいかない。
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