代償

魔力を流し込む儀式はそれでも続けられることになった。

絢子が提案したこの方法は、圧倒的に時間がない今、唯一の希望だった。

しかし、それは命がけの方法であり、失敗すれば命を落としかねない。


「俺たちは……ここで立ち止まるわけにはいかない」


市松や恵の死が皆の心に重くのしかかる中、郷田家の一員として、強くなるための覚悟を固めた者たちが儀式に臨んだ。

今度は、郷田家の主力である者たちが次々と魔力を注がれることになった。



最初に臨んだのは、大谷 剛蔵。


彼は剛健な体を誇り、普段から豪快な振る舞いで知られている。

しかし、魔力を流し込まれたその瞬間、剛蔵の体が激しく震え出した。


「……ぐあっ!」


剛蔵は苦痛に顔を歪め、全身がまるで燃え上がるように熱を帯びた。

次の瞬間、彼の体から火が噴き出し、全身が燃え上がる。


「剛蔵! くそっ、消火だ!」


すぐに水がかけられ、火は何とか消し止められた。

剛蔵は意識を失い、倒れ込んだが、全身にやけどを負っていた。


「……火魔法を使えるようになったようですね」


絢子が静かに説明した。

魔法の力は、危険と隣り合わせだが、剛蔵は火の力を手に入れたのだ。



次に儀式に臨んだのは、父・力三。


「俺も、この力を得なければならん……」


父は冷静な表情で儀式に臨んだが、魔力を注がれた瞬間、その表情は苦痛に歪んだ。

彼の体から突然、雷が発生し、左手が激しく震えたかと思うと、次の瞬間、左手が吹っ飛んだ。


「……父上!」


俺は驚愕して駆け寄ったが、父は血まみれの左腕を押さえながら、震える声で言った。


「……大丈夫だ……だが、俺には雷魔法が宿ったようだ……」


絢子も頷きながら説明する。


「雷魔法です。強力ですが……代償が大きいですね」


父はその言葉を聞きながらも、左手の痛みをこらえ、立ち上がった。

失った腕にもかかわらず、父の目には新たな力を得たことへの決意が浮かんでいた。


次に儀式に臨んだのは、母・菊と兄の一樹だった。


「私は必ず市松の仇を討つ……」


菊は強い決意を持って儀式に臨んだ。

しかし、絢子が魔力を流し込もうとした瞬間、何も起こらなかった。


「……?」


菊の体は変化を見せず、絢子が首を振った。


「……菊様には、どうやら魔力の素養がないようです」


菊は一瞬悔しそうな表情を見せたが、すぐに静かに頷いた。


「そうか……ならば、力で戦うまでだ」


一樹もまた、同じように魔力を注がれたが、何も変化はなかった。


「……俺もか」


一樹も素養がないようだった。

だが、その顔に落胆はなく、静かな覚悟があった。


「俺は剣で戦い続ける。それだけだ」



次に儀式に臨んだのは、二郎だった。

彼は知恵を重んじる性格で、魔法の可能性に強い興味を持っていた。


「……これで、力を得られるかもしれない」


しかし、二郎に魔力を流し込んだ瞬間、彼の体が激しく痙攣し始め、口から血を吐き出した。

さらに、体が激しく震え、彼の口から大量の水が噴き出した。


「……っ!?」


周りの者たちは息を呑み、二郎の体を押さえつけようとしたが、水が次々と流れ出る。


「水魔法です……ただ、これはかなり不安定ですね」


絢子は険しい顔でそう説明した。

二郎は意識を失い、その場で倒れたが、命は何とか助かった。



そして、勇太が次に儀式に臨んだ。

彼はいつも明るく、兄弟の中でも最も元気だったが、絢子が魔力を注ぎ込んでも、何の変化も起こらなかった。


「……俺も素養がないのか」


勇太は少しがっかりしたような顔をしていたが、それでもすぐに笑って言った。


「まあ、俺には俺の戦い方があるさ!」


そして、最後に俺の番が来た。


「……よし、来い」


俺は覚悟を決め、魔力を受け入れる。

絢子が手をかざし、魔力が俺の体に流れ込んだ瞬間——


「う、うわああああっ!」


全身が裂けるような痛みが走り、次の瞬間、俺の体から光が噴き出した。

そしてその光に包まれながら、同時に全身を切り裂かれるような感覚が襲った。


「……隼人!」


勇太が叫び、駆け寄ろうとしたが、俺は動けなかった。

体中が痛みに包まれ、血が噴き出し、意識が遠のいていく。


「……これは……光魔法と……風魔法ですね……」


絢子の声が聞こえたが、その声も遠く感じた。

俺は全身が傷だらけになり、体力が限界に達していた。

瀕死の状態だ。

そしてそのまま意識を失った。





俺の体は、いつもならどんな傷でも一晩寝れば治っていた。

だが、今回は違った。魔力を体に流し込まれたあの瞬間から、全身が裂けるような痛みが消えず、丸三日が経った今でも、体中が鈍い痛みに包まれていた。


「……くそ、まだ痛い……」


どんなに痛みに耐えても、今回ばかりは簡単に治るわけではなかった。

しかし、俺は何とか起き上がれるようにはなった。

全身が鈍痛を訴えていたが、動けないわけではない。


「体の傷は……大したことない。だが、まだ魔力が体に馴染んでいない……」


絢子が言っていた通り、俺の体は光魔法と風魔法を宿したが、それはまだ不安定な状態だった。

いつもなら、強靭な回復力に頼れるはずの俺が、今はその魔法の代償に苦しんでいた。


だが、時間がない。


領内に報せが届いた。

松永家がすでに攻め込んできている。

郷田家の各地で戦が始まっており、少なくない被害が出ているという。

村々は焼かれ、家臣たちが防衛に当たっているが、次々と押し寄せる松永の兵に押され始めている。


「……やられるわけにはいかない」


俺は痛む体を押さえながら立ち上がった。

松永家は、すでに容赦なく攻め込んできている。市松や恵を奪われた痛みは、まだ生々しい。

今度こそ、郷田家がこのままやられっぱなしで終わるわけにはいかない。


「もう、待っている時間はない。俺たちが動く時だ」


屋敷の中では、戦いの準備が進められていた。父・力三は左腕を失っていたが、それでも鋼のような決意を浮かべていた。

雷魔法の力を得たものの、その腕の代償を見ても、彼の目に迷いはなかった。


大谷 剛蔵も、全身にやけどを負いながらも、すでに戦の準備を整えている。

火魔法の力は危険だが、彼の戦場での強さは未だ衰えていない。


俺が現れると、皆がその場で視線を向けた。


「隼人、お前、動けるのか?」


勇太が心配そうに声をかけてきた。

俺は痛む体を無理やり押さえ、笑って見せた。


「……ああ、なんとか、な」


「無理はするなよ」


勇太もまた、素養がなく魔法を得られなかったが、それでも戦う意志を失ってはいなかった。

彼もまた、郷田家のために戦おうとしている。

そんな勇太の姿に俺は少し胸を張った。


「郷田家の誇りを守るために、俺たちがやらなければならない」


その時、菊が俺たちの前に現れた。

いつもの強い表情に戻っていたが、彼女の目には決意が宿っていた。


「隼人、勇太。力三、剛蔵……私たちがここで守らなければ、郷田家は終わる」


「……分かってる、母上」


菊は魔法の素養を持っていなかったが、その力強い体と意志は誰にも劣らなかった。彼女の声には力があり、その言葉に俺たちは自然と背筋が伸びた。


「絢子、魔法の力を教えてくれて感謝している。だが、今はもう、うって出るしかない。松永家をここで止めなければ、郷田家は滅びる」


絢子は静かに頷き、鋭い目で皆を見渡した。


「準備はできています。松永家の魔法師には、私が対応します。ですが、皆さんも、それぞれの力で戦ってください」


俺は痛む体を抱えながら、剣を握りしめた。

今こそ、俺たち郷田家の力を試す時だ。体は限界に近いかもしれないが、ここで倒れるわけにはいかない。


「さあ、いくぞ……俺たちの戦いだ!」


父や菊、勇太、剛蔵、そして絢子。

俺たちは再び立ち上がり、郷田家の名誉を守るために、松永家との決戦に臨む。


出陣の準備が整う中、屋敷の片隅から静かな足音が響いた。

俺が振り返ると、そこには二郎が立っていた。

彼はいつものように冷静な表情を浮かべていたが、その目には強い決意が宿っていた。


「二郎兄さん……」


俺が声をかける前に、力三や菊、そして他の者たちも二郎に気づいた。

二郎は普段、武術の訓練には参加しておらず、体も他の兄弟たちに比べて華奢だ。

彼が今回の戦いに参加することなど、誰も考えていなかった。


「二郎、ここに何をしに来た?」


父・力三が厳しい目で二郎を見つめた。

父もまた、戦に出ることが決まったばかりだが、左手を失った体を無理やり動かしている。

それでも戦に出る覚悟を持っているのは、郷田家の当主として当然だ。


しかし、二郎は戦場に向いていない。

そのことは誰の目にも明らかだった。

彼は知恵を重んじ、戦場に出るよりも書物や計略に秀でた存在だった。

だからこそ、父は二郎が出陣しようとすることに疑問を抱いた。


「俺も……この戦いに参加する」


二郎の声は静かだったが、その一言に屋敷の中は静まり返った。


「二郎……お前が戦場に出る必要はない」


力三が冷静に言ったが、二郎は首を振った。


「父上、それは違う。今こそ、俺が郷田家の一員として、戦うべき時だ」


「無茶を言うな!」


菊が強く声を上げた。


「お前は戦場に向いていない。武器を持つ訓練も、十分にしていないんだぞ!」


「そうだよ、兄さん! 無理をするな!」


俺も同じ気持ちだった。

二郎は、俺たちの中で最も賢く、冷静に物事を見つめる人物だ。

だからこそ、彼が戦場に出ることに反対せざるを得なかった。


だが、二郎は意志を曲げなかった。


「皆、俺のことを甘く見ているかもしれないが……俺も、水魔法を使えるんだ。確かに危険な力ではあるが、もしうまく扱えれば、郷田家の力になるはずだ」


二郎は、絢子から魔力を注がれて以来、全身の痙攣や血を吐くなど、苦しみを味わった。

それでも彼は魔法を得た。

そしてその力を、この戦で使おうとしていた。


「二郎、お前はその魔法の危険性を理解していない。命を落とすこともあるんだぞ!」


勇太も必死に止めようとした。

だが、二郎は静かに皆を見回し、言葉を続けた。


「俺は郷田家の一員だ。市松兄さんが死んで、恵様がいなくなって、俺はもう何もできないでいるわけにはいかないんだ……」


二郎の言葉には、深い悲しみと強い覚悟が込められていた。

彼はいつも冷静で、感情をあまり表に出さないが、この時だけは、明確に心を伝えていた。


「……市松兄さんや恵様のためにも、俺は戦う。そして、俺は頭を使って戦うんだ。力だけではない。俺にできる戦い方がある」


その時、絢子が一歩前に出て、静かに口を開いた。


「皆さん、二郎さんの言うことは間違っていません。確かに、彼には魔法の素質があり、使い方次第では戦力になるかもしれません」


「だが……」


父が険しい表情で口を開こうとしたが、絢子は続けた。


「ただし、二郎、あなたはその魔法が不安定であることを忘れてはいけません。もしも力を制御できなければ、戦場で仲間に危害を及ぼすこともある。それでも戦場に行く覚悟があるのですか?」


絢子の問いかけに、二郎は短く頷いた。


「……分かっている母さん。だが、俺はそれを乗り越えるつもりだ。郷田家のために、俺は俺の力を使う」


俺も、勇太も、そして父や菊も、二郎の強い決意を感じた。

普段は冷静で、物事を一歩引いて見る彼が、ここまで自分の意思を主張することはほとんどなかった。

それだけ、この戦に対する覚悟が深いのだろう。


「……分かった。だが無茶はするな」


父は静かにそう言って、二郎の意志を受け入れた。

そして俺たちは、郷田家のすべての力を結集して、松永家との戦に臨むことになった。


俺は最後に二郎の肩に手を置いた。


「兄さん、無理するなよ……俺たちは一緒に戦うんだ。一人にすべてを背負わせはしない」


二郎は軽く微笑んで頷いた。


「……ありがとう、隼人。俺たちで郷田家を守ろう」


こうして、二郎もまた、俺たちと共に戦場に立つことを決意した。

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