坑道の魔物

俺が9歳になった頃、領内に不穏な噂が広がり始めた。

山にある坑道で魔物が現れたらしいというのだ。

領民たちは恐れおののき、すぐに報告が郷田家に届いた。


「魔物……?」


俺はその話を聞いた瞬間、胸に妙な感覚が走った。

魔物という存在を信じていなかったわけではないが、これまで俺が見てきた世界では存在しなかったものだ。

だが、この異世界での暮らしが続く中、次第に俺は、ここが日本でもなければ地球でもないことを強く感じ始めていた。


「やっぱり、ここは……異世界なんだな」


これまで感じていた違和感は、この魔物の存在が決定的に証明してくれることになるだろう。


今年から、兄の一樹は父・力三とともに戦場に出ている。

これまで一樹は俺にとって強さの象徴だったが、今や彼は郷田家の正式な武士として戦場に身を投じている。

一樹や父などの武士達が不在となる中、領内の戦力は限られていた。


そんな中、魔物の出現に対応できる者がほとんどいない状況に追い込まれた郷田家は、俺と市松でその問題を対処するよう命じられた。


「市松兄さん、俺たちで本当にやるのか?」


市松は俺よりも四つ年上で、常に冷静な兄貴分だ。

彼は俺の問いに落ち着いた表情で頷いた。


「今は、郷田家に残る戦力が少ない。俺たちで行くしかない。お前ももう十分強くなってきた、隼人。やれるさ」


市松の言葉に、俺は力強く頷いた。

自信がないわけではなかったが、魔物という未知の存在に対処することへの不安が心のどこかに残っていた。


俺たちはすぐに坑道へ向かった。

道中、村人たちは怯えた表情で俺たちを見つめていた。

坑道で何が起きているのかは誰も知らないが、魔物が現れたというだけで、その恐怖は広がっていた。


「さて、いくぞ」


市松が先頭に立ち、俺はその背中を追った。

坑道に近づくにつれて、空気が重く冷たく感じられる。

中に入ると、暗い洞窟の奥から不気味な音が聞こえてきた。


「……嫌な気配だな」


市松がつぶやく。

俺も同じように感じていた。

何か、得体の知れないものがこの先にいる。


坑道の奥に進むと、そこにはゴブリンが大量に発生していた。

彼らは小柄で、醜い顔を持ち、黄色く光る目で俺たちを睨みつけている。

手には短剣や棒などの簡単な武器を持ち、唸り声をあげながら近づいてきた。


「……ゴブリンか」


俺は驚きながらも、冷静に木剣を握りしめた。

ゴブリンという言葉自体は、異世界転生の物語やファンタジーの世界で聞いたことがあった。

だが、それが目の前で現実として存在していることに、改めてこの世界が俺の知っていた日本や地球とは違うと痛感した。


「隼人、油断するな。数が多いが、やれるぞ」


市松が言葉をかけてくる。

彼の冷静な声に、俺も緊張を和らげ、構えを取った。


ゴブリンたちが一斉に襲いかかってきた。

俺は瞬時に対応し、前に出て木剣でゴブリンの一匹を叩き斬った。

思った以上に脆い。

だが、その分数が多く、次々と押し寄せてくる。


「市松兄さん、数が多すぎる!」


「大丈夫だ、隼人。冷静に、一匹ずつ確実に対処しろ!」


市松は素早く動き、ゴブリンを次々と倒していく。

俺も彼の言葉に従い、目の前のゴブリンに集中した。

数は多いが、動きは鈍く、一匹一匹の攻撃は大したことはない。


次々とゴブリンを倒していく中、俺は不思議な感覚を覚え始めた。

五平から教わった「気」を感じる力が、ここでも役立っていた。

ゴブリンの動きや攻撃を、目だけではなく、体全体で感じ取ることができる。

これにより、俺はスムーズにゴブリンの攻撃をかわし、反撃することができた。


「……少しずつ、掴んできたか」


自分でも驚くほどに、俺は冷静に戦い続けた。

次々にゴブリンを打ち倒し、坑道の奥へと進んでいく。


やがて、最後の一匹を斬り倒し、坑道は静かになった。

ゴブリンたちの死体が散らばる中、俺たちは深く息をついた。


「やったな、隼人」


市松が微笑んで、俺の肩を叩いた。

俺も疲れた体を感じながらも、少し安堵の表情を浮かべた。


「これで、しばらくは村も安全だろう」


市松の言葉に頷き、屋敷に帰った。


ゴブリンの大量討伐を終えたその夜、俺は疲れ果ててすぐに眠りに落ちた。

しかし、翌朝目が覚めると、体がこれまで感じたことのないほど軽く、そして強くなっていた。


「……なんだ、この感じ?」


体の隅々にまで力が満ちているのを感じた。

筋肉が引き締まり、腕や足に力を込めるだけで、今までよりもはるかに俊敏に動けそうな感覚があった。

まるで、何かが体の内側から弾けたように、俺は今までとは違う自分を感じていた。


「昨日までの俺とは、違う……?」


不思議に思いながら、試しに剣を振ってみた。

そのスピードは驚くほどに速く、力強かった。

さらに、五平から教わった「気」の感じ方も、より鋭敏になっている気がする。

周囲の気配を今まで以上に正確に捉えることができた。


「まさか……これって、レベルアップか?」


俺はふと、前世で読んだ異世界ファンタジー小説の設定を思い出した。

魔物を倒したことで経験値を得て、レベルアップする——そうしたものを幾度となく耳にしてきたが、ここでそれが現実として感じられるとは思わなかった。


「試してみるか……」


俺は冗談半分で「ステータスオープン」と呟いてみた。

だが、目の前に何も表示されない。

次に、「ウィンドウ」や「鑑定」といった言葉も試してみたが、やはり何も起こらない。


「うーん……」


不思議な感覚はあるが、どうやらファンタジー小説でよくあるような、ステータスを確認できるシステム的なものは存在しないらしい。

それでも、体の変化は確かにあった。

力、敏捷性、気の感覚、どれもが以前より明らかに向上している。


「もしかして……魔物をたくさん倒して、これがレベルアップ的なものなのか?」


そう考えると、俺は一つの答えにたどり着いた。

師範たちや父の強さには、常に圧倒されてきた。

彼らはただ、無茶な訓練や根性で強くなったのではない。

きっと、戦場で数多の敵を斬り殺し、そして時には魔物を討伐することで、知らないうちにレベルアップ的な要素で強さを得ていたのだろう。


「それなら、納得がいく……」


五平や剛蔵、そして父の圧倒的な強さが、ただの鍛錬や経験だけで説明できるものではなかった。

彼らは戦場で何百、何千という敵を斬り、数多くの敵を倒してきたはずだ。

そんな中で、きっと誰も気づいていないが、レベルアップが行われていたのかもしれない。


「……ただ闇雲にトレーニングするだけじゃ、強くなるのには限界があるんだな」


俺は改めて自分の成長を感じながら思った。

体力や技術だけでなく、戦いの中で得られる力——それこそが、この世界での本当の強さに繋がるのだろう。


「これからは、もっと積極的に魔物の討伐をしてみるべきかもしれない」


ただ剣を振る訓練だけではなく、実戦での経験、そして魔物を倒すことで得られる成長。

それが、この修羅の国で本当の強者になるために必要な道だと、俺は確信した。

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