訓練
俺は訓練に慣れてきた。
剛蔵や五平の厳しい指導のもとで、毎日木剣を振り、時には相手が本気で斬りかかってくることもある。
今では木剣ではなく、真剣での訓練が増え、斬撃の鋭さや力強さを体で受け止めながら、かわし、打ち返す。
それでも、たとえどれだけの傷を負おうと、次の日には傷がすっかり治っている。
俺の体は驚くほど丈夫だった。
風邪を引いたこともないし、病気になることもない。
訓練で受けた打撲や切り傷は、翌朝にはほとんど痕すら残っていない。
まるで俺の体が、限界を超えて回復する力を持っているかのようだ。
「お前、本当に不思議なやつだな」
訓練の後、勇太がそう言ってくる。
彼や市松、一樹と同じように訓練を受けているのに、俺だけがどんなに激しい稽古をしても倒れることがない。
その上、傷の回復も異常に早い。
「そんなに不思議か?」
「不思議だ。お前、痛がってても次の日にはケロッとしてるし、なんで風邪もひかないんだよ? 俺なんかこの前、ちょっと寒さにやられて熱出したのにさ」
勇太の言うことはもっともだ。
俺自身、これが普通のことではないと気づいていた。
この体は前世の俺とは違いすぎる。
ここでは獣肉を毎日食い、訓練して、まだ体力が余っている。
それでも、もっと動きたいという衝動が収まらなかった。
だから俺は、訓練後にさらに独自のトレーニングを始めることにした。
「前世でやっていた陸上のトレーニングをやるか……」
俺はかつて、現代日本で陸上に打ち込んでいた。
今の体であのトレーニングをすれば、さらに力を高められるんじゃないかと考えた。
昼間の武術の訓練ではまだ消化しきれない体力を、今度は前世の記憶を頼りに鍛えるために使う。
まずは短距離走。
屋敷の庭を使って、何度も全力でダッシュを繰り返す。
息が切れるまで、何度も地面を蹴り、風を切って走る。
次に長距離走。
周囲の森や道を駆け回り、持久力を鍛えた。
「よし、次は幅跳びだ」
地面に線を引き、その目標を飛び越える。
何度も足のバネを使い、体全体で飛び上がる。
体の大きさに頼らず、力を最大限に引き出すよう心がけた。
さらに、戦場で役立ちそうなやり投げや砲丸投げのトレーニングも取り入れた。
重い石を拾ってはそれを投げ、目標物を正確に狙う。
槍や刀を使う感覚とは少し違うが、遠くの敵に一撃を加えるための精度を磨いていった。
俺のやっていることは、前世の陸上競技の10種競技に近かった。
今の体でこんなことをしていれば、前世だったらオリンピックにだって余裕で出られただろう。
体力も、筋力も、どんどん増していくのを感じていた。
しかし、そんなに鍛え上げても、俺はまだ一樹や市松には到底及ばなかった。
「全力でやっても……あの二人には勝てないか……」
一樹は冷静で、技術が圧倒的だ。
剛蔵のような豪快な戦士とは違うが、その一撃は確実に敵を仕留めるものだ。
そして市松は、俺よりも小柄だが、俊敏さと柔軟さで敵を翻弄し、隙を見逃さない。
俺がどれだけ走っても、投げても、訓練しても、二人の技術と経験には遠く及ばない。
「くそ……まだまだか……」
俺は悔しさを感じながらも、止まることはできなかった。
この修羅の国では、強くなければ生き残れない。
それはどんなに鍛えようと、傷が早く治ろうと、逃れることのできない現実だった。
ある日、大谷 剛蔵から新たな訓練を命じられた。
声出しだ。
最初はただの無駄な気合い入れかと思っていたが、その実、戦場では重要な技術だということを徐々に理解させられることになる。
「隼人、今日からお前には声出しの訓練をしてもらう」
剛蔵はいつものように豪快に笑いながら言った。
俺は少し戸惑った。
声出し?
剣や槍を振るのではなく、ただ声を張り上げるだけの訓練に、一体何の意味があるんだろうと疑問に思った。
「剣や槍だけじゃねえぞ、戦場ってのは。声を出せば、敵を威嚇できるし、仲間を鼓舞することもできるんだ。お前がどんなに強くても、黙って戦ってたら他の連中には伝わらねえ。だから声を限界まで出せ!」
言い終わると、剛蔵は腹の底から轟くような声をあげた。
まるで雷のようなその声に、周りの訓練生も思わず息を呑んだ。
俺もその迫力に圧倒され、思わず身を引いた。
「さあ、お前もやってみろ!」
剛蔵に促され、俺は全力で声を張り上げた。
だが、どうにも力がこもらない。
「もっとだ! その程度じゃ戦場じゃ通じねえ!」
俺は歯を食いしばり、再び声を出した。
それでも剛蔵は納得しない。
こうして毎日、声を出し続ける訓練が始まった。
喉が痛くなり、血が出そうなほど限界まで声を酷使する日々が続く。
剛蔵は少しの甘さも許さず、俺が限界を迎えるまで追い詰めた。
「声が出せねえってことは、まだお前の気合いが足りねえってことだ。戦場じゃ、お前の声が味方を動かすんだ!」
やがて俺は、声を出すことがただの気合いではないことを理解し始めた。
剛蔵の言う通り、声は戦場で敵を威嚇し、仲間を鼓舞する武器だった。
剛蔵が戦場で味方を引き連れる様子を思い浮かべながら、俺も同じように声を上げることを意識していった。
それだけではなかった。
片山 五平からは、さらに過酷な訓練が待っていた。
「隼人、今日は気を感じる訓練をする」
五平は静かな声で言った。
彼はいつも俺に無駄な力を使わないように指導してくれるが、この訓練は特に厳しかった。
俺の目に布を巻き、目隠しをされた状態で、俺は何も見えないまま、五平の前に立った。
「お前は目に頼りすぎている。戦場では、時に目を使えない状況でも敵の動きを感じなければならん。気を感じろ。目で見るのではなく、体で感じるんだ」
俺は目隠しをされたまま、木刀を持って構えた。
次の瞬間、五平の木刀が容赦なく俺に襲いかかってきた。
俺は何度も叩きつけられ、痛みが体を走った。
目が見えない状態で、五平の攻撃を避けるのは不可能に近かった。
「感じろ、隼人! 目ではなく、相手の気を!」
五平の声が響く中、俺は必死に五平の動きを読もうとしたが、何度も木刀で叩かれ、全身が痛みに包まれた。
俺の回復力がなければ死んでいただろうと思えるほどの厳しさだ。
訓練生の中には、この気を感じる訓練で重傷を負う者も出ていた。
「この訓練が続けば……」
俺は何度も心が折れかけたが、ここでやめるわけにはいかなかった。
俺には異常な回復力があるからこそ耐えられているが、普通なら到底耐えきれないだろう。
それでも、少しずつ五平の教えが体に染み込んでいく。
最近になって、ようやく俺は五平が言っていた「気」を感じ始めている気がする。
目を閉じたままでも、五平の攻撃がどこから来るのか、なんとなく予測できる瞬間が増えてきた。
完全に避けられるわけではないが、少なくとも無防備に叩かれることは減ってきた。
「少しずつ、わかってきたか……」
五平は、そう言ってわずかに微笑んだ。
俺の体は痛みに満ちていたが、それでもほんの少しだけ成長を感じることができた。この修羅の国では、どんな苦痛をも超えて強くならなければならないのだと、俺は改めて自分に言い聞かせた。
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