第六章 2

エド=ヴァアスに到着した。

 世界に名だたる、大図書館を擁する大国である。その蔵書数は約三千万冊といわれ、ない本はない、世界中に流通しているあらゆる本があるともいわれている。

 館内に入ってその膨大な本の量に圧倒されたラツェエルは、

「……こんなにすごい量の本のなかから、一体どうやって魔女の居場所を探すの……?」

 と呟いた。エトヴァスは顎の髭をいじりながら、

「ふうむ。まずは分類から探さねばなるまいのう。魔女の居場所、などというものはないじゃろうから、古代の秘密、とか、魔導の不思議、とかから始めて、魔物の生態などからも探してもいいかもしれん」

「よ、ようし。早速探してみようぜ」

 縦、横、斜め、上、下、左、右、どこを見ても本、本、本である。そこから探しているものをまず見つけるのには、骨が折れた。司書に聞けばよかろうが、彼らも他の利用者の相手で忙しく、順番待ちである。

 それに、魔女の居場所はどこですかという曖昧なことを聞いたところで、司書がわかるはずもない。自分たちで探すより他になかった。

「へえ、古代にはレエルベルグっていう貝殻のある虫が陸を歩いてたんですって。知ってた?」

「リディア、そんなことはいいから続きを」

「ああ、そうね。古代の本には続きらしいものはないわ」

「魔導の歴史に興味深いものを見つけたぞい。魔導書には昔青と赤があって、派閥があったそうじゃ。青には風の、赤には炎の……」

「爺さんそんなことはいいから、魔女の居場所だよ」

「ん? ああ、そうじゃった。居場所はわからん」

 本というものには不思議な魅力があって、それそのものが面白いものであるから、つい読み耽ってしまって肝心の探し物のことを失念してしまうきらいがある。

 よって、テオマッハの居場所の捜索は遅々として進まなかった。

 一週間、十日、二週間……本をめくる毎日は続けられた。

 朝起きて朝食を食べ、大図書館に行って本を山積みにし、その膨大な資料のなかから魔女の情報を探し出すという途方もない作業を、彼らは黙々と続けた。それはとても疲れる作業であったから、ニ、三時間に一度は休憩して目を休め、甘いものでも食べないと、とてもではないが作業は続行できなかった。

 そうして昼食の時間になってお互いに読んだものの話をして情報を交換し、少しでもこれはと思うものはないかと気持ちを尖らせ、また探すことに戻っていき、日が暮れて、宿に戻って夕食を食べ、へとへとになって風呂に入り、眠るのだ。

 そんな毎日を過ごすようになって三週間、六番目の月、緑青が過ぎ、七番目の月、群青になった。

 ほんの山を目の前にして、ガディがうんざりして言った。

「あーもう俺やだぜ。本なんて見たくない。吐き気がする。もうやだ。やだやだやだ。きれいなおねえちゃんが見たい。そうしよう。娼館に行きたい」

「まあそう言うな。古代の本はあらかた見た。魔導の本にもないし、魔物の生態にもない。 残るは……なんだろうな」

「どうじゃろうなあ。案外、歴史なんかあるかもしれんのう」

「えーやだ。もう本なんか見たくもない。俺はきれいなおねえちゃんの足がみたい。胸がいい。背中がいい。もう本はやだ。やだやだやだやだ」

「こら、静かにしろ」

「仕方ないわね。一日休みましょ」

「焦ってもしょうがないからのう」

「わーい」

 と、ガディが背伸びをした途端、どさどさどさと本が棚から落ちてきて、彼は本の山に埋まった。

「大丈夫?」

「騒ぐからだ」

 埃と本に埋もれて、彼はぺっぺっと言いながら出てきた。

「なんだこりゃ、数学の本だ。お呼びじゃないな……うん?」

 ガディは目の前に開かれた一冊の本に目を凝らして、じっとその頁を目で追った。

「なにをしておる」

「……」

 真剣なその様子に、仲間たちはとうとう彼の頭がおかしくなったかと心配になった。

「ガディ」

 ジェラールが呼びかけると、彼は今自分が呼んでいる項を声を出して読み始めた。

「『真実とは、常に数字のなかにある。数字は嘘をつかない。そして、数字というものは不変である。言葉というものは変わるが、数字というものは変わらない。だから、言葉の違う国の者同士であっても、数字で語ることはできるのだ』」

「なにを……」

「『数字の不変性は、すべてにおいても平等である。たとえ、それが魔女の館であっても。 その迷宮の入り口が、どれだけ複雑怪奇で謎に満ちていようと』」

「! ……」

 仲間たちは顔を見合わせた。

「魔女の館は迷宮なんだ」

「では、探しようがあるぞい」

「明日からは迷宮の本を探しましょう」

「おっと、その前に娼館だぜ」

 休憩するのも大切だからな、とガディはしたり顔で言った。

 間もなく日が暮れようとしていた。

 一日の休息を挟んで、迷宮の本棚を探し出すと、世界中のありとあらゆる迷宮の本があった。大小さまざまなものがあり、知っているもの、見たことも聞いたこともないもの、この世のすべての迷宮が網羅されていた。

「ここでもない、これでもない……お、ここ、行ったことあるぜ。一人旅してる時だ。苦労したんだよな」

「この迷宮、みんなで行ったことあるわね。魔物がたくさんいたような記憶があるわ」

 世界は広い。迷宮だけでも千はある。

 それらの図面つきの本となると、二百冊はあった。そこからどこにあるかもわからない魔女の館のある迷宮を探すというのだから、途方もない話である。

 それでも六人で手分けして探せば、一人でするよりはましというものだった。

 ラツェエルは迫る戦いの日を意識しながら、必死でその項目を探し続けた。

「うーん……これでもない……うーん……ん?」

 頁を目で追っていたエトヴァスが、ある項目でふとその目を止めた。

「『この世で一番複雑な迷宮、魔女の館。それは西の果てにある天空の城。中空に浮かぶ岩の天然の要塞、それが魔女の館』。これじゃ」

 エトヴァスは立ち上がった。

「行こう」

 仲間たちは顔を見合わせて、めいめい立ち上がった。

 西の果て――

 ラツェエルの胸が痛んだ。

 そこに行けば、魔女がいる。

 西の果てに行けば、戦いになる。私は死ぬかもしれない。死ぬかもしれないし、勝つかもしれない。どちらにしても、私はジェラールと離れ離れになることになるんだ。

 それは、永遠の別れ。

 もう、熱いくちづけも、力強い抱擁も、甘い囁きも、みんなみんな消えてなくなる。

 泡のようになくなる。夢のように、消えてなくなるんだ。

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