第六章 1
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エド=ヴァアスまでは、長い旅だ。
船で三週間、そこから陸路で一週間の道のりである。船上で、ラツェエルは賢者の見習いたちに鳩を飛ばした。エド=ヴァアスで魔女テオマッハの居場所を突き止める、棲み処がわかったらまた連絡する――これくらいの術を使うことは、賢者にとっては簡単なことだった。
鍛錬場では、身体がなまるからと言ってジェラールとガディが毎日剣の稽古に勤しんでいる。エトヴァスは魔導書を読み、ヴァリは感応を鍛え、リディアは弓の鍛錬をしたり、矢を新しく作ったりした。
ラツェエルは一人、なにをするでもなく、魔女とどう戦うかを考え、その先にあるもののことを考えては鬱々となって日々を暮らした。
――勝つと決まったわけじゃない。相手は全賢者を惨殺した恐ろしい相手。私が勝てるとは、限らない。
そうは思っても、ジェラールと別れる、そのことばかりを考えてしまって、どうにも気持ちにまとまりがつかない。
甲板からぼーっと海を見ていると、メヨ=アハネドでの暮らしを思い出す。
悲しく苦しい、蕾売りの生活。唇を売り、娼婦だと蔑まれるのはなによりも辛かった。 そんな時ジェラールは現われて、ラツェエルの暗い生活に一条の光を灯した。彼がいると思えばこそ、会えなくともやっていけた。どうにか過ごしていくことができたのだ。
そのジェラールと、別れる。離れて暮らす。
そんなことが、私にできるだろうか。
左手の指輪を見る。それは、今は日光の下にあるから緑色に光っているが、蝋燭の灯かりに晒せば紫色になる。ジェラールが恋しくなれば、この指輪を見て自分を慰めた。
彼がいて当たり前になった今、この指輪を見るだけで満足できるだろうか。そうは思えない。とてもとても、そんなことで満たされるとは、思えない。
あのうすい唇で、私の唇を塞いでくれないと、だめ。あの逞しい腕で、私の身体を抱き締めてくれないと、いや。あの低い声で私を呼んでくれないと、いけないの。
両腕で自らを掻き抱く。不安で不安で、仕方がない。
しかし、同時に使命感が自分を襲う。
私はあの日、師に託された。
賢者と世界樹を、頼んだ。世界の光は、お前の両肩にかかっている。
拳をぎゅっと握る。
私は一体どうすればいいの――
答えは出ない。いや、とっくに出ている。別れるしか、ないのだ。
ほろり、涙が頬を伝った。
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