第五章 4
2
俺を見るな。
なぜ俺を見る。
みんな、敵だ。俺を見る奴は、みんな敵だ。殺す。殺す。殺す。殺す。俺を見る奴は、みんな殺す。全員、殺す。一人残らず、殺す。
今日も、殺す。
「楽しかったわねえ、あのお芝居」
「ああ、食事もよかった」
「送ってくれて、ありがと」
「ああ、じゃあまた明日」
「気をつけてね。近頃物騒だから」
「大丈夫だよ。騎士団が毎晩見回っているから」
「そうね。じゃ」
殺す。殺す。殺す。
俺を見るな。
殺すぞ。
後を尾けて――
「ん? 誰だ」
殺す――
悲鳴が上がった。
翌朝、難しい顔をして医師が現場にやってきた。
「またかい。もう七人目だよ。どうなっているのかね」
「お手上げだ」
「ガラハド、来たか」
「ああ。……今度は男か。これはひどいな」
「検視を頼むよ」
「検視といっても、これだけ切り刻まれていたらすることなどないけどね」
「やれやれ」
ガラハドはため息をついて、詰め所に向かった。
「ガラハド、どうだった」
「被害者は男だ。ひどかったよ」
「誰なんだろうなあ、切り裂き魔って」
「案外、そういう奴に限ってまともな顔をしているんだよ」
「そうなのかもなあ」
彼は王宮内の見回りに向かい、そのまま浴室に行って、汗を流した。くたくたに疲れていた。
浴槽で目を瞑ると、あの切り刻まれた死体が目に浮かぶ。無残な死に方だ。あんなやられ方は、嫌だな。しかし自分とて騎士だ。
どこでどう死ぬかは、わかったものではない。死に方までは、選べないのだ。
頭のどこかで、なにかが光った。
なんだ?
またなにか、光った。
見るな。
頭を振る。光は消える。
疲れているな。浴槽から出て、自室に戻った。ベッドに横になると、意識を失うように眠りに落ちた。
見るな。見るな。俺を見るな。俺を見た奴は、殺す。見れば、殺す。見たら、殺す。俺を見たら殺すぞ。だから俺を見るな。見るな。見るな。俺を、見るな。
「酔ったなあ。酔ったよお。飲みすぎたよお」
見るな。俺を、見るな。見たら、殺す。俺を見たら、殺すぞ。だから俺を見るな。見るな。殺す。殺す。殺すぞ。
あっちへふらふら、こっちへふらふら、一人の男が千鳥足で歩いている。ひどく酔っているようである。
見るな。見たら、殺す。殺すぞ。見たら殺す。だから、見るな。
「酔ったよお」
男は壁にぶつかり、塀に話しかけ、ひどくご機嫌で犬と歩いては、あちらこちらへジグザグに歩いている。どこへ行こうとしているのか、一人のようである。
頼む、俺を見ないでくれ。見るな。見るな。見るな――
「あーん? 誰だー?」
目が合うと
殺してしまうから――
刃物を振り上げた瞬間――
「何者だ!」
「怪しい奴――」
見回りの騎士団の者が、そこへやってきた。龕灯≪がんとう≫で照らされてそこにいた者は――
「ガラハド!?」
「なぜお前が」
「俺を見るな! 殺すぞ!」
「なにを言っている」
「押さえろ」
「暴れるぞ」
「俺を見るなああああ」
錯乱状態のガラハドは、王宮に連れて行かれた。しかし、彼から話を聞くことはできなかった。
ガラハドが落ち着いても、彼は口を開くことはなく、うつむいて食事をすることも拒否し、牢のなかで俺を見るな俺を見るなとぶつぶつとただそれだけを繰り返していただけであったという。彼を診た医師は言った。
「これは、魔導のしわざだな。しかも、高位の」
「高位の?」
「ちょっと考えられないくらい高位の術がかけられている。自分を見る者すべてを殺す、という、一種の呪いのようなものがかけられている。これを解くことはできない」
「それにしてもなぜよりにもよってあのガラハドが……」
「非の打ちどころがなかったからこそ、却って付け狙われたんだろう。怖い怖い」
市井を騒がせていた切り裂き魔が騎士団の人間だったという事実は、当然のごとく大きな醜聞となった。事を大きく見た宮廷は、ガラハドを即刻処刑することとした。
その話を聞いたラツェエルは、真っ先にテオマッハを思った。
「そんな術をかけられるのは、あの魔女しかいないわ」
「悪意があるからのう」
「そうやって人間を殺すよう仕向けているのか」
「どこにいるのかしら」
「そろそろどこにいるのか真剣に探さないと、このままだとひどくなる一方だぜ」
「大図書館にでも行ってみるかのう」
エトヴァスが目を細めて顎髭をなでた。
「大図書館のどこかになら、なにか記されていてもおかしくはないかもしれん」
「それってどこにあるの」
ラツェエルが彼に尋ねた。
「ここから北――エド=ヴァアスじゃよ」
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