第五章 2
ガラハドは、男のなかの男、騎士のなかの騎士と、専らの評判だった。
剣を取っては国で一番の腕前、馬に乗れば誰も彼に追いつけず、それでいて音楽の才能にも長けていて、賭け事の運ときたら最強で、舞踏会では引っ張りだこ、しかも女性にはもてるときたら、敵がいない方がおかしいというものだろう。
しかし人格者の彼を嫌う者などまたおらず、敵というほどの敵は、今のところ見当たるはずもなかった。
早い話が、ガラハドという男は完全無欠なのである。
やわらかい、肩まで伸びた金の髪に緑の目。水晶を彫り上げたような繊細な顔立ち。女が彼を放っておくわけがない。
「まったく、その見かけで五人連続勝ち抜けを決めるんだから、君という男は小憎らしいよ」
同僚に言われて、ガラハドは笑った。
「鍛え方だよ。普段の練習量さ」
「そうは言うけどね。君は一体いつその練習をしているんだい。馬、音楽、社交、それに騎士の仕事。時間がどれだけあっても足りないだろう」
「そこからひねり出すのも才能というやつだよ」
「言ってろ」
笑いながら鍛錬室を出て、ガラハドは歩き出した。自室に戻り、着替えると浴室へ行った。汗を流し、風呂から上がって服を着る。
明日は休暇の日だ。久し振りに、本でも読むか。
「ガラハド、明日一杯行かない?」
廊下を歩いていると、後ろから友人が話しかけてきた。
「ルスランか。夜ならいいぞ」
「じゃあいつもの酒場に七の刻。昼は?」
「休みの日だ。久し振りにゆっくりする」
「へえ、いいな。それより、あの話聞いたか」
「あの話?」
「城下を騒がせてる、切り裂き魔の話」
「なんだそれ」
「知らないのか。男でも女でも、行き会ったらめった刺しにして、無差別に殺す連続殺人者のことだよ」
「へえ……」
「陛下も頭を痛めてる。切り口から見て、戦士だろうということはわかってるんだが、それ以外はわかっていないんだ。あとのことは酒場で話すよ。じゃ」
「ああ」
ルスランと別れて詰め所に行き、報告書を書いた。今日の職務はこれで終わりだ。隊長に書類を渡して、部屋に戻った。
ほっと一息ついて、部屋を見渡す。ベッドに横になると、知らない内に眠ってしまっていた。
読書で一日を過ごし、七の刻の少し前に出かけた。
いつもの面々が、酒場で待っていた。話題は、やはり切り裂き魔のことだ。
「どんな奴なんだろうな」
「頭がおかしいに決まってる」
「それが、切れ者でも知られている。なかなか捕まらないのもいい証拠だ」
「今まで何人殺しているんだ」
「全部で十五人。今月に入ってもう五人だ」
ガラハドは眉を顰めた。
「多いな。なんとかならないのか」
「なんとかしたいんだよ。お前、どうにしかしろよ」
「どうにしかしようとしてできるか、そんなこと」
「完全無欠のガラハド様でもだめかあ」
そんなことを言い交わして飲んでいると、時間を忘れた。切り裂き魔は被害者が一人の時を狙っているというので、集団で帰宅した。騎士とて、油断はならない。
ガラハドに、決まった女性というものはいない。彼を狙っている女は多いが、誰かに決めてしまうと面倒だし、これといって好きだと思えるほど愛せる相手もいないのでそうしている。もっばら、欲望と気が赴いたときだけ娼婦を買うぐらいだ。
それも、時々である。淡泊なのだ。
仲間たちと宿舎に帰ってしまえば、またいつもの日常である。今日も一日、よく動いた。
翌朝は遅番だったので、午後から出勤した。
朝洗い場に出て顔を洗っていると、なにやら廊下が騒がしい。
「どうしたんだ」
「あっ、大変です」
「なにがだ」
「例の、切り裂き魔がまた出たんです」
「なに……」
「とにかく来てください。現場は大変なことになっています」
そこで急いで現場へ駆けつけると、当番の兵士の言葉通り大変なことになっていた。
まだ人はまばらであったが、死体は刺され、裂かれ、突かれ、思わず目をそらす凄惨な有り様である。死体に慣れているガラハドでも、吐き気をもよおした。
「これは……ひどいな」
検視のための医師が、死体に布をかけた。
「今月でもう六人目だ。切り裂き魔の手口で間違いない」
「とにかく、現場の封鎖を。野次馬がこれ以上来ないようにしろ」
ガラハドは規制線を張って、現場が荒らされないようにしなければならなかった。
この問題は、王宮でも問題になっていた。由々しき事態である。
「市民が次々に犠牲になっている。これ以上の被害は出せん」
「しかし、犯人の尻尾が掴めない限りは、どうにもならない」
「どうにかして捕まえないと、まだまだ殺されるぞ」
騎士たちは連日連夜話し合って、日夜見回りを強化した。
しかし、切り裂き魔は捕まらなかった。
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