第五章

 それは、大型船に乗ろうと、小舟で移動していた時のことだった。

 ザ……

 ザザザザ……

 突然潮の流れが変わって、小舟が別の潮にさらわれていった。

「え?」

「どこに行くのじゃ」

「どうしたのでしょう」

「ガディ、どこへ行く」

「わかんねえ。勝手に櫂が動く」

 ザー……

 小舟はついにどこかへ流れて行ってしまった。

「これは魔導の力じゃ」

 エトヴァスが目を剥いて潮の流れを見ている。

「しかも、相当に高位の術じゃ。こんなものを使えるのは、賢者だけじゃ」

「えっ」

「でも、賢者は今はラツェエルだけでしょう」

「どういうこと?」

「……」

 当のラツェエルも、どういうことなのかわからない顔をして、呆気に取られている。

 その内、小舟は小さな島にたどり着いた。一行はわけがわからないまま、浜に下りた。

 そこには数人の若者が待っていた。

「お待ちしていました、ラツェエル様」

 胸に手を当て、彼らはそう言って一行を迎えた。

「あなたたちは……?」

 ラツェエルは驚いて彼らを見た。

「はい。我々は、賢者の島で育った、見習いの者です」

「見習いの……」

「あの日、我々は研鑽の為に島を離れていて、難を逃れました。そして賢者の全滅を知り、世界樹の島の炎上を知り、魔女テオマッハの暗躍を知りました。見習いゆえに術もまた未熟で、大したこともできません。あなたに連絡を取ることもできませんでした。ようやく、こうしてあなたを呼び寄せることができた」

 彼らは、ラツェエルに近寄ってこうせまった。

「ラツェエル様、魔女を倒したあかつきには、我々を導き、世界樹と賢者の復興に力を貸してくださいますね?」

「後進のために力を注いでくださいますよね?」

 見えない重圧が、ラツェエルに襲いかかった。ラツェエルはそれに、首を振ることができなかった。

 彼女は瞳を閉じて、

「……ええ」

 とそっと言った。歓声が沸き起こった。

「テオマッハが倒される日を、待ち焦がれています。我々にはなにもできませんが……」 

 彼らの一人は、エンリケと名乗った。見習いたちの指導者だという。

 きっとこの小島で苦労を重ねてきたのだろう。

「とにかく、元の場所に戻して。船に乗らなくちゃいけないの」

「ああ、それはすみません。近くにあなたの波動を感じたものですから」

 エンリケたちはそう言うと、小舟を元いた場所へ返してくれた。

 その間、ラツェエルはずっと無言だった。

 船に乗っても、ずっとなにも言わなかった。


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