第三章 4

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 異変は、井戸にあった。

 毒が投げ込まれていたのである。

 そのため、水が飲めなくなった。海水を濾過して、手間をかけて飲み水を手に入れなくてはならなかった。

 また、ラツェエルとヴァリが協力して村人たちを浄化しなくてはならず、その間にリディアとガディが近くの僧院に行って応援を呼んでこなくてはならない程に、事態は急を要した。

「毒を飲ませて、魔物にしようとしていたのか」

「すごい執念だ」

 村人たちは僧侶たちの助力のおかげで、一か月ののちに元に戻ることができた。しかし、それには大変な労力がかかった。

 そして、回復した村人たちに話を聞いた一行は、今度はその話のひどさにいたく気を悪くすることになったのである。

 その話とはこうであった。

 あの母親の息子は、ある日酔った男たちの手にかかって首を斬られた。母親は発狂寸前にになって役所に訴えようとしたが、世間体を慮った村人たちがそれを止め、母親を狂人扱いして村八分にして村の片隅に追いやり、一同で無視して事なきを得たのである。

 村には遺骸のない息子の墓まで建てられ、母親はそれを毎日詣でた。そして、ある日を境に村人の首が斬られる事件が起きたというわけである。

 しかし、事が事だけに役人に訴え出るわけには行かず、また旅人に依頼するわけにもいかず、村人の間ではなかったことにして、緘口令が敷かれたというわけだ。

「ひでえ話だ」

 ガディは唾を吐いた。

「いつも犠牲になるのは、女と子供だ」

 彼はそう言って、あの母親の灰と子供の首を共に埋葬した。

「お前にしては珍しく感情的だな」

「なあに、俺もやさしいところがあるのさ」

 ガディは墓前に花を手向けて、青藤の月の空を見上げた。

 三つで死んだのか。かわいそうにな。

 あいつも、若くして死んじまった。

 みんな、早くに死んじまうんだ。早くに死ぬと、翼が背中に生えて、飛んで行っちまうんだ。

 ガディは墓石の名前に目をやって、そしてその名を呟いてから、そっと言った。

 お前も、翼が生えるといいな。母ちゃんと一緒に、飛んでいけるといいな。

 冬の日の空は水色で、どこまでも澄みわたっていた。

 ちょうど、あの少年の瞳のように。

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