第二章 3

「公爵様」

 呼びかけられて、フェイザン公爵は振り返った。そこには、先程共に踊った、あのすみれ色の瞳の娘が立っていた。

「ああ、あなたでしたか。……そちらの方々は、お連れですかな」

「はい、私の旅の仲間です」

「ほう、旅の」

 公爵はそちらに向き直って、その面々を見た。金の髪を長く垂らした、品のいい顔立ちの青年と、背の高い戦士風の男が二人立っている。一人は銀髪、一人は黒髪だ。

「して、私に用事とは?」

「はい、私たちは、ある目的があって、魔物に手を借りる人間のことを探しています」

「魔物に手を借りる……」

「公爵様は、この度の選挙でどんな手を使ってでも宰相になる、という噂が立っています」

 公爵はやわらかな笑い声を上げた。

「それで、私が魔物に力を借りると? 随分と面白い噂が立ったものだね。生憎、魔物には知り合いがいなくてね。そんなものに手を借りようと思うほど、友人が少ないわけでもないので」

「では、噂に過ぎないというのですか」

「まったく」

 戦士風の男が二人、顔を見合わせるのが見えた。そして、目と目で会話しているのも。「……」

「どうだね。まだ、私の言うことが信じられないかね」

「そうですね。お話を聞いただけでは、公爵様のお人となりがわかったというわけではありませんから。ですが、私としては、公爵様のお話を信じたいような気もします」

「なぜだね」

「公爵様が、悪いお方ではないような気がするからです」

 戦士風の男たちが、また目と目で会話している。そして銀髪の方が、すみれ色の瞳の娘に向かってうなづいて見せた。娘はそれに、黙ってうなづいた。

「まあ、魔物に手を借りていると言えば、どちらかと言えば伯爵の方だろうな。あまりひとの悪口は言いたくないが、あちらの噂は悪いものしか流れてこない。しかし印象操作は巧みだから、庶民にはいいものしか聞こえていないようだがね」

「では、伯爵が?」

「その可能性は強いだろうな」

 旅人たちは沈黙した。

「調べてみるといいだろう。伯爵はベリチェリフロル邸にいるはずだ」

「行ってみます」

 男たちが顔を見合わせて、うなづいた。

「今夜はこれで、お暇します」

「お会いできて光栄でしたよ、お嬢さん」

 娘はにこやかに笑った。

「その笑顔を独り占めできる男は幸運だ。大切にしなさい」

 はい、とこたえて、娘は去っていった。

「幸運な男って言われたな。その幸運な男が聞きたいことがある」

「なあに」

「今日の祝賀会、公爵の叔母の誕生日だろ」

「そうね」

「お前の誕生日、いつだ」

「常磐の月の、十九日よ」

「それ、去年は知らなかったな」

「あなたは旅に出てたから」

「今年はなにかするよ」

 ラツェエルは笑顔になった。それを見て、これを独り占めできるのは確かに俺だ、俺だけだ、とジェラールは秘かに思った。

「あれえ? さっきベリチェリフロル邸って言ってたな」

 ガディがなにかを思案する顔になった。

「どっかで聞いた名前だな」

 彼は首を捻った。

「ベリチェリフロル……」

 口のなかで何度もその名を唱えて、彼はぶつぶつと繰り返した。

「ああそうだ。ベリチェリフロルって確か、リディアの名字だよ」

「リディアの?」

 ジェラールが驚きで、声を上げる。

「じゃああいつ、伯爵家の人間ってことか」

「なんで言わなかったんだ」

「事情があるんじゃないのかしら。言いたくないとか」

 一人静かなヴァリに向かって、ガディは言った。

「お前、知ってたのか」

「名家ですからね。名前くらいは」

「なーんだ」

「とにかく、伯爵を調べよう」

 四人は宿に戻ることにした。

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