第72話

「女王様に呼ばれて断るのって、まずいんじゃないの?」

「問題ない。おまえが心配することじゃない」


 ミシンを弄りながら切り出した私に、レオンは顔を上げずに答えた。無理してるようには見えないし、本当に強い立場なんだろう。


「ここが危険で不便って言ってたけど、女王様に頼んだら? もっと都心に住ませてくれって」

「俺たちは影の存在だ。歴史の表舞台には立たないし、過度な干渉もしない。だからこの辺境の城でひっそり暮らすのが丁度いい」

「そっか」


 部屋がしんとする。でも気まずさはなくて、仕事するレオンと二人の空間が心地良い。仕事の邪魔だとわかってても、懲りない私はまた話しかけた。


「ねえレオン」

「なんだ、ミナ」


 落ち着いた声が、優しく問い返してくる。邪魔するなと怒りそうなイメージなのに、彼は怒らない。


「私、作る服がなくなっちゃって……またレオンの服作っていい?」


「今度は何を作るつもりだ。あまりにおかしな服なら着ないぞ」


「おかしなっていうか、普通の……私が好きな服を作ろうと思って。アダムとイヴもいるし、ミシンの扱いがもっと上手くなったら、エルドラにお店出しちゃうのもいいかななんて、最近思ってるんだ」


「それは……難しいだろうな。エルドラは激戦区だし、種族の違いは大きい。双子の一家の店がうまく行かなかったのは、純血一家であったことも大いに影響しているだろう。おまえは人間のカテゴリーには入るが、人間達から見れば俺たち吸血鬼ヴァンパイアの一味だ」


「困難な夢上等! 夢はでっかく大きく! だから追いかける価値があるんでしょ?」


「……そうか。そうだな、おまえは」


 私は微笑むレオンの真横に行くと、腕をぐいぐい引っ張って立たせた。レオンの服の前ボタンを遠慮なく外していく。


「お、おい、突然なんだ」


 レオンはぎょっとした様子だ。でも気にしない私は服の下に腕を差し入れ、背中に回す。素肌の胸にしっかりと抱きついて密着して、左右の手の交差点を覚えた。それから腹部にも同じように。

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