第66話

「どうしたの? 苦しいの……?」


 そっぽを向いた額に無理矢理手のひらを当てると、汗で濡れてるせいか、むしろひんやりとしている。熱は無さそうだ。


 レオンは相変わらず辛そうな様子で、私の手をやんわりと払った。


「血を失ったからな。一時的に血を欲しているだけだ。そのうち収まるから問題ない。さっさとあっちへ戻れ。煩かったなら悪かった」

「煩かったわけじゃないけど……。問題ないって言われても、心配で眠れないよ」


 苦しんでるレオンが辛い。楽にしてあげたい。頭の中はそんな想いでいっぱいだった。


「血が欲しいなら、私の血をあげる。飲んで?」

「……いや、いい」

「なんで? 吸いすぎて、私死んじゃう?」

「流石にそんなことにはならないが……むしろ致死量に至るほどの血液を吸うことはできない」

「そうなの?」

「ああ。今の俺たちは血を吸わなくても生きていけるが、昔の吸血鬼は、血を吸わないと生きられなかったらしい。吸血衝動はその名残で、不要な欲求だ。だから血が欲しくなっても、我慢すれば済む話だ」

「でも、我慢するの辛そうだよ」

「別に辛くない」

「そんなに汗かいて、辛くないわけないよ。遠慮しないで」

「いい。必要ない」

「なんでよ。私じゃイヤ?」

「違う。そういうことじゃないが……」


 歯切れの悪いレオンは、頑なに目線を合わせようとしないけど、当然私は引き下がらない。


「じゃあ飲んで。そんな状態なのに放っておけないよ」

「いらないと言ってるだろう」

「ねえ、どうしてそんなに意地張るの?」

「…………」

「レオン!」

「おまえを傷つけたくないんだ」


 それまで目を伏せていたレオンが、私を真っ直ぐに見た。赤い、燃えるような瞳にどきりとする。


「血を吸っただけでは済まない。血の味は余計な欲求を刺激する。今夜は気が昂っていて、特に抑えが効かない。おまえに触れて血を口にしたら、確実に抱いてしまうだろう」

「っ!」


 息を呑んだ私の頬が、一気に上気する。そういえばそうだった。ここにきた初日、レオンが言ったんだ。血を吸う時はその……身体の交わりが何とか。レオンを楽にしてあげたい一心で、そのことをすっかり失念していた。


「わかったなら俺に近づくな。もう話しかけるな。ギルバートが来たなら話は別だが、そうじゃないなら、今の俺もおまえにとって脅威だ」


 一瞬、私は黙り込んだ。でもすぐに決意を固めてレオンのベッドに乗る。

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