第63話

「気安くミナの名前を呼んでんじゃねえぞ……! クソ野郎が!」


 強く吐き捨てるレオンに、ギルバートさんは顔を歪めて苛つきをあらわにする。


「立つなと言ったはずだ! これはおまえのふざけた格好のような、粋がった子供同士の遊びじゃない。昔の兄弟喧嘩とは違うんだ、私は手加減しないぞ。おまえは、決して勝てない私と命懸けで喧嘩するのか!?」


「喧嘩上等!!」


 空気をビリビリと震わせるほどにドスの効いた、レオンの低い声が響いた。あまりの迫力に、その場にいた全員が驚き、一瞬動きを止める。


「この服を着て、そう言えば良いんだったな、ミナ」


 私は呆然としながら、優しい眼差しを向けてくるレオンを見つめた。


「レオン、おまえはミナをそれほど気に入っているのか」


 そう言って、ギルバートさんは不意に私に向かってくる。私はギョッとした。受けたダメージの所為ですぐに動けない様子のレオンが、表情を厳しくして叫ぶ。


「ギルバート! 何をする気だ!」

「わかるぞ、ミナは面白い女だ。この世界のどこを探しても、こんな女はいない。それにやたらといい匂いがする……味見したくなる程に」


 兵士から私を奪い取ったギルバートさんは、あっと言う間もなく私の唇を奪った。何が起こったのか分からなくて、私は目を見開く。


 唇はすぐに離れていったけど、身体は寄せられたまま。レオンは俯いて、握りしめた拳をブルブル震わせている。


「ミナを離せ。殺すぞ……」


 レオンの口から、今まで聞いたことがないほど低い声が漏れた。顔を上げたレオンの目は、真紅に燃えている。


 人間離れした美しい顔、黒い服に映える赤。血塗れで仁王立ちする様は、まるで鬼神だ。

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