第58話

「必要ないです。私はここを出ますから」


 ギルバートさんは余程驚いたのか、無表情を驚きの色に染める。


「なんだと? レオンが助けに来ると、信じているということか?」

「バカにしないで。私は誰かの助けを待って震えてるような、弱い女じゃ無いんだから! 『俺の執念ナメてんじゃねーぞ、腰抜け野郎!』」


 引用した『夜露死苦・タイマン愛羅武勇』の台詞とともに、精一杯凄んだ。ギルバートさんが腰抜け野郎かどうかは知らないけど。


「無鉄砲なのか阿保なのか知らんが、この状況で気力を失わない者を初めて見た」


 ぽかんと呟くギルバートさんに、更にたたみかける。


「『後ろは振り返らねえ! 決して諦めねえ! 俺は常に、全力で前だけ向いてんだ!』」


 薄暗い部屋がしんと静まり返った後、ギルバートさんは堪えきれないというように笑いを漏らした。あ、笑い顔、目元がレオンに少し似てる。


「必死なのはわかるが、わざわざ私に脱走を予告してどうする。急に男の口調で話し出すし、おまえは頭のネジが抜け落ちているのか?」


 言われてハッとした。それはそうだ。必死すぎて失態を犯してしまった!?


「おまえ、名は」

「……ミナですけど」

「そうか。手荒な真似をして連れてきて済まなかった。万が一逃げ出せても私が連れ戻してやるから、せいぜい脱走できるように頑張るんだな。後ほどまた来る、ミナ」


 ギルバートさんが出て行った後、へなへなとその場にへたり込む。啖呵を切ったのはいいけど、流石に怖かった。


「一生幽閉って、冗談でしょ」


 これが現実だと信じられない。と、ポケットに忍ばせていたエーテルが、服の下で強く輝き出した。慌てて取り出せば、ザザザザと放たれる不快なノイズの中、聞き覚えのある声が僅かに混じる。


『……ミナ……!』

「レオン!?」

『待……てろ……明……必ず……』


 一際大きなノイズを放ち、エーテルは通常通りの輝きに戻った。


「レオン? レオン!!」


 何度呼びかけても返答はない。だけどレオンの声は私の希望になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る