第56話

クリスとの訓練を終えて、私は庭園を散策していた。あれから数週間、レオンは相変わらず不在の日ばかり。


 特攻服は仕上がっても、報告する機会も、着て貰う時間もない。せっかく完成したっていうのに、どうしてだろう、私は全く喜べていない。それどころか、気持ちはどんどん沈んでいくばかり。


 落ち込み気味の私に終始気を遣いっぱなしだったクリスは、隣から優しい声をかけてきた。


「随分上手くなって来たね、ミナの暗示」

「ありがとう、クリス」


 本当は一人でいたかったけど、クリスはデートだと言って聞かない。このところ元気のない私を心配してくれてるんだろう。


 と、不意に私たちの背後に誰かが立った。私もクリスも驚きながら振り返る。


「異界人の女、女王陛下の命により迎えに来た」


 落ち着き払った低い声。銀の長髪に鋭い眼差し。クリスはその長身の男をキッと睨みつけた。


「ギルバート兄さん……見張りの騎士はどうしたの!?」

「眠って貰っている。レオンはいないのか? 主が城を空けるとは無用心だな」

「帰って。ミナは渡さない」


 警戒心をあらわにしたクリスは、ギルバートさんの顔を食い入るように見つめる。ギルバートさんも強い眼差しをクリスに向けた。お互い暗示をかけようとしてるみたいだ。


「兄さん、今すぐ立ち去るんだ」

「クリスティ、おまえも眠れ」


 しばらくの沈黙の後、崩れ落ちたのはクリスだった。ギルバートさんは赤褐色の目で私を見た。無表情の顔が恐ろしくて、声も出せない。


「私に従え。逆らうな」


 そう言い放たれた瞬間、私の意識はぷっつり途切れた。

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