第54話
翌日からノアのスパルタ指導が始まった。レオンが早朝に朝食を摂って出かけてしまったため、ノアと私、マンツーマンのテーブルマナー講習会と化した朝食の後、彼の私室のソファで向かい合い、ノアが私にゆっくりと言い聞かせる。
「ミナ様、いいですか? 貴女の話し方は少し早口です。嬉しそうに話し続ける癖も、少女として見れば微笑ましいですが、大人のレディとしては感心しません」
「う……わかった。頑張って治すよ」
だから綺麗な顔でじっと見つめて来ないで! 穴があきそう!
私が動揺しまくっていると、ノアはクスッ……と目を細めて笑った。含みのある笑い方に思わずドキッとする。
「目線が泳いでいますよ。頬をそんなに赤らめて……とても愛らしいですが、どうかしましたか?」
「べ、別に赤くなんかなってない!」
「そうですか。しかしその態度は宜しくありませんね。話を聞く時は、適度に相槌や頷きを入れながら、傾聴してください」
「そ、そう言われても」
「まずは、話し相手の私をきちんと見ることです。上手にできますか……?」
「うう、わかったよ……」
仕方なくノアの目を見る。初対面の時カラコンかと疑ったノアの瞳は、透き通ったエメラルドグリーンだ。瞳孔部分と瞳のフチが黒い。宝石みたいですごくきれい。吸い込まれそう……。
「ミナ様、聞いていますか」
ハッと我に帰る。ノアは何か話していたみたいだけど、上の空だった。ますます赤面していく私の顔面よ、どうか止まってくれ!
「ご、ごめん。ぼーっとしちゃって」
すっかりノアに見惚れてしまっていた私に気づいているのかいないのか、ノアは再びクスッ……と笑った。その上品な笑い方、ホント王子様系だな。
「ミナ様が立派なレディになれる日は遠そうですね。貴女の教育係は面白……いえ、やりがいがありますので、私は構いませんが」
「ノア先生、途中本音が漏れましたよ」
「気のせいですよ、マイ・フェア・レディ」
優雅に私の手を取り、手の甲にキスをする王子様……じゃなかったノア。
その心臓に悪い流し目と微笑み、もうやめてもらっていいですか? 綺麗な甘い顔立ちを自覚して欲しい。いや、自覚してるかなノアは……。
こうして、テーブルマナーから言葉遣い、ちょっとした仕草に至るまで、つきっきりの教育指導に辟易する半日を過ごした。飴と鞭の使い分けが上手くて早くも振り回されている。
「ミナー! 今日はノアとばっかり過ごして狡くない? ボクとも話そうよ!」
昼食後、晩餐室(昼食もここで摂る)を出た私を捕まえて、クリスがじゃれついてきた。
「会話の練習なら、ボクでもできそうだし。ねえ、ボクの部屋においで……?」
それ、わざわざ耳元で囁くような内容かなあ。クリスの部屋に行けば間違いなく貞操の危機だ。
私が困っていると、執事の双子がやってきてクリスから私を引き剥がす。
「ミナ様はこれから、僕らと特攻服作りでお忙しいので」
「そうですよ、
頬を膨らませるクリスを置いて、私は双子と執務室に入った。
その後の日々もそんな感じで、スパルタ教師ノアに鍛えられながら、クリスを軽く流し、協力してくれる双子と一緒に作業を進めた。特攻服は順調に仕上がっていき、レオンの分はもちろん、ノア、クリス、双子の分まで手をつけている。
だけど、毎日レオンがいない。たまに食事の時に顔を合わせるだけで、彼はいつも私のために、手がかりを探して出かけていく。
だんだん私の心に降り積もっていく、寂しいという感情。どうしてそんな気持ちになるのか、自分でもわからなかった。
何日かレオンに会えない日が続き、目覚めの悪い朝、部屋のドアを誰かがノックした。
「ミナ様、お手紙が届いています」
入ってきたノアから手紙を受け取る。この世界に知り合いなんていないのに、誰からだろう。恐る恐る開封し、その内容を確かめた私は困惑した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます