第38話
「マリアを失って、俺はしばらく荒れた。『不良侯爵』と呼ばれ始めたのはその頃からだな。俺はマリアを殺した奴等のような、弱者を食い物にする人間の悪党を憎んだ。エルドラをうろついては、近衛兵に突き出すまでもない小悪党すら半殺しにしていた」
「えっ、半殺し?」
「やり過ぎて、逆に俺が近衛兵に追われたりしてな。まあこの俺が捕まるわけもないが」
「へ、へえ……」
それって威張ることかな……?
「今でも腐った悪党は気に入らないから、悪党狩りは続けている。おまえと出会ったのも悪党狩りの最中のことだったからな」
「そうだったんだ」
「だが当時の俺は今と違って、悪党狩りを執念でやっていたというか……おかしくなっていた。やがて馬鹿らしさに気づいて、少し落ち着いたら王立研究施設に入った。錬金術師として、死者蘇生法についての研究を始めるために」
「死者蘇生法……?」
死んだ人を生き返らせるってこと? 非現実的な話に思えるけど、非現実的なこの世界ではあり得る話なんだろうか。目的はもちろん、マリアさんを生き返らせることだろうけど。
レオンが淡々と続ける。
「だがそんなのは許されない話だ。途中で気づいた俺は研究所を出て、自分で作り上げた死者蘇生法の書を燃やした。だが焼け跡には、燃えた痕跡が見つからなかった。誰かに奪われたんだ」
「前に言ってた探しものって、それ?」
「ああ。あの呪われた書を葬り去る為、ずっと探していた。そしてやっと、手がかりとなる屋敷の存在を掴んだところだ。近々そこへ向かう」
「私も一緒に行ってもいい?」
考える前に、口が勝手にそう訊いていた。
「なぜだ?」
「マリアさんって私に似てるんだよね? なんか、他人事じゃないって言うか。行きたいって思ったの」
と言ったのは口実だ。レオンがずっと探してた大切なもの。私は城で留守番ばかりだったけど、関係ないんだけど……なぜか、それを手にする彼の姿だけは、見届けたいと思った。
「……わかった。まあ危険は無さそうだからいいが、それは俺と一緒にいればの話だ。今度こそ勝手はするなよ」
「約束する。女にも二言はないぜ!」
私がおどけて言うと、レオンは軽く笑った。
「おまえは本当に阿保だな。こっちの気も知らず、ひたすら能天気で、間抜けで。だからかもしれないな、おまえといると……安心する」
言い返そうとしたけど、不意に背後から抱きしめられて、私は目を見開いた。
「レオン! 私マリアさんじゃないよ?」
「わかってる。おまえはミナだ。マリアには……似ても似つかない」
そのままレオンは黙り込んだ。硬直した私の耳に、やがて聞こえてくる穏やかな寝息。
なんだ、寝ちゃったのか。張り詰めていた警戒心が解けて、レオンの体温と、優しく包まれる感覚だけが残る。
マリアさんを重ねられているだけ。わかっているのに、背後から回されたレオンの腕はとても優しくて、愛されていると錯覚してしまう。
レオンに抱きしめられていると、なぜか心から安心できた。そのままぐっすり眠ってしまったほどに。
◇ ◇ ◇
数日後、私はレオンとバイクに乗って荒野を通り過ぎ、いつも通る街から違う道を進んで、街外れまでやってきた。花畑に囲まれた、こじんまりとした洋風の民家。
「この可愛いお家に誰がいるの?」
「マリアの兄のジークだ。昔、王立研究施設で、錬金術師として一緒に研究していたんだ。姿をくらませていたが、こんな近くにいたとはな」
ドアのノッカーを数回鳴らすと、中から黒髪の青年が顔を出した。
レオンと同じくらいの背格好。細身のチュニックに腰ベルト、革製のズボン。シンプルな出立ちの、大人しい顔立ちで優しそうな男の人だ。
「レオン……久しぶりだね。どうしてここがわかったの?」
「ジーク、探偵がおまえを突き止めた。死者蘇生法の書を持っているな」
「…………」
ジークさんは探るような目でレオンを見ていたけど、ふと私に気づき、驚愕の表情に変わった。
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