第35話

その夜、呑気に寝返りを打ちながら、私はベッドでうとうとしていた。与えられた自室のベッドはフカフカで最高だ。天蓋付きなんて豪華でお姫様気分だし、何より一人の安心感があっていい。ノアの部屋で寝るのは本当に落ち着かなかった。


「ん……?」


 ふと違和感を感じて眉を寄せる。なにか、布団の中に温かいものが……。ぱっちり目を開ければ、至近距離にクリスの顔があった。


「可愛い寝顔だね、ミナ」

「きゃああああ!」


 驚いた私は飛び起きる。長い髪を一つに束ねて、シルクのシンプルなパジャマを着ているクリスが、なぜか私のベッドに入っていた。


「クリス、何してるの!?」

「夜這いだよ」

「は!?」


 クリスは私にぴったりと身を寄せた。暗闇に浮かび上がる、深紅の双眼。今にもキスされそうで、慌てて顔を逸らす。


「や、やめて。お願いクリス、落ち着いて」

「ミナは気づいてないんだろうね。ボクら吸血鬼の目に、君はすごく魅力的に映るんだ。甘くていい匂いがして……クラクラする。レオン兄さんもノアも、絶対ミナのこと邪な目で見てるよ」

「二人はクリスとは違う。こんなことしないもの」

「…………」


 クリスは顔を歪める。と、大きな瞳から涙が溢れ出し、私はギョッとした。


「ミナが好きなんだ。お願い、ボクを避けないで」


 縋るような涙目で、クリスは懇願する。


「どうすればボクのこと好きになってくれるの? キスして抱いて、蕩けるくらい可愛がってあげれば好きになる?」

「やめて、クリス……!」


 身体に触れようとするクリスの手を必死に阻む。揉みあっていると、不意にベッドサイドに誰かが立った。

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