第26話

私を認識したレオンは、見る間に眉間に皺を寄せる。


「おまえ……寝込みを襲うとはいい度胸だな」

「えっ!? いや違うよ! レオンが私をベッドに引っ張り込んだんだよ」

「は? 俺が?」

「そうだよ! レオンが! 私を無理矢理!」

「兄さん、そうなの!?」


 クリスが悲鳴のような声を上げる。寝起きの頭に響いたのか、レオンは顔を顰めた。


「いや、そんなわけがあるか。第一、なぜミナが俺の部屋にいたんだ。人の寝込みに勝手に入ってきておいて、おまえは何をしらばっくれてる、ミナ」

「いや、それは、あの……私そんなつもりなかったっていうか、その」

「何をモゴモゴ言ってる。はっきり言ってみろ」

「お、『男には、苦渋の選択をしなきゃならねえ時があるんだ! やるしかなかった……! 仕方なかったんだよ!!』」


 私が精一杯格好つけて『夜露死苦・タイマン愛羅武勇』の台詞を言うと、レオンは般若のような形相になった。こ、こわい!!


「あぁ!? 何だお前は本物の阿保か!?」

「ひ、ひぇっ! さよなら!」


 私は慌ててベッドを降りて、部屋を飛び出した。廊下を走り、置物の影に隠れて息をつく。


 知らない名前を呼ぶレオンの声は、切なげな響きを帯びていた。


「マリアって……誰?」


 当然、その呟きに答えは返ってこない。


 その後レオンは出かけて行き、私は気持ちを切り替えて、執務室のノアの隣で作業を始めた。


 先ずは型紙作りだ。巻尺や定規を駆使しながら紙に色々書き込んで試行錯誤していると、ノアが手元を覗き込んできた。また背後を取られている。


「不思議な文字ですね。貴女の国の言葉ですか?」

「うん。ノアは瞬間移動ができるの?」

「いいえ、普通に歩いてきましたよ」

「忍者ですか?」

「ニンジャ……?」


 キョトンとしたような言い方が面白い。顔を合わせると、口元に貼られたガーゼが痛々しくて、心が痛んだ。それにしても頬の腫れは綺麗に引いている。治りが早すぎやしないだろうか。


「ごめんなさい、ノア。私のせいで、レオンにヤキ入れられちゃって……」

「ヤキ入れ……?」

「あ、私のせいで殴られちゃってごめんねって」

「ミナ様が謝る必要などありませんよ。私の落ち度で叱責を受けただけの話です。それに吸血鬼は頑丈で、治りも特別早いので心配はいりません」


 やっぱりそうか。ノアがガーゼを剥がすと、綺麗に治っている。だけど、だから問題ナシってわけにはいかない。


「治りが早くても、感じる痛みは同じなんだよね?」

「それは、まあ……そうですね」

「ごめんね……」

「お気になさらないでください」


 穏やかな眼差しは、本当に私を責める気がないみたい。誠実な人だ。殴ったレオンについてはどう思ってるんだろう。


「ノアはレオンが好き?」

「レオン様は主人です。それ以上でも以下でもありません」

「ノアは立派な執事さんなんだね。でも私はこのお城の偉い人じゃないんだから、普通に接して欲しいな。ノアとも、マブダチになりたいの。あ、マブダチって親友って意味ね」


 ノアは面食らったような顔をした。彼の素の表情を初めて見たかもしれない。


「ミナ様は変わった方ですね。親友ですか……執事に向かってそんなことを言われる方は初めてです」

「ミナでいいってば。私は様付けで呼ばれるような立派な人じゃないよ。ただの小娘でしょ?」


 悪戯っぽく笑って言うと、ノアはクスッと笑った。美しい微笑みにどきりとする。


「立場上、ミナ様とお呼びするしか無いのです。お赦しください。でも……ありがとうございます、レディ」


 私の手を取り、手の甲に口付ける。やっぱりこの人、完全に王子様系だな。元の世界にはこんなキャラなかなかいないし、レアで慣れない。私は思わず赤面した。

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