第18話

再び机に向かい仕事を再開したノアを尻目に、さっそく足踏みミシンで試し縫いを始める。


 試行錯誤して、縫い始めに、はずみ車を回さなければいけないことに気づいた。でもこれがなかなか難しい。悪戦苦闘していると、まち針が左手の人差し指に刺さった。


「痛っ」


 指の腹にぷっくりと浮かぶ、玉の血液。私は顔を顰めて傷口の具合を見る。軽く刺さっただけで傷は浅そうだ。


「大丈夫ですか?」


 背後から声をかけられ振り向けば、作業机に座っていたはずのノアが、いつの間にか私の左斜め後ろに立っている。私は飛び上がらんばかりに驚いた。


「い、いつの間にそこに?」

「痛みますか……?」


 耳元に寄せられた、やたら甘い声音。ノアは私の左手を取ると、躊躇いなく傷口を口に含んだ。


 形の良い唇から時折ちろりと覗く赤い舌が、私の人差し指に絡みつく。それはやたら官能的な光景として、私の目に焼き付いた。指先に全神経が集中したみたい……。


「っ、離して」


 ノアは言いつけに従って、すぐに手を離した。私をじっと見つめる、欲望を秘めた赤い瞳――。吸い込まれそうで、慌てて目を逸らす。


「も、もっと布や糸の種類が欲しいんだけど、このあたりにお店はないの?」

「ここに来る際ご覧になったと思いますが、城の周りは荒野です。小規模な店なら壁内の住宅街にもありますが、ここにある分以上の品揃えが必要となれば……エルドラまで行かないと、購入は難しいでしょうね」

「エルドラ?」

「貴女が黒装束に襲われていた、この国の中央都市です」

「あの、私をそのエルドラに……」

「駄目です。申し訳ありませんが、城から出すなという命令ですので」


 しゅんと肩を落とした私は、ずらりと並んだ糸と、木箱の中に綺麗に並べられた布生地を眺める。


 絶対作れないわけじゃないけど、これだけじゃ出来は良くならないだろう。お店があるなら、取り掛かる前に品揃えを確かめたい。


 レオンという理想の番長に出会った今、私の夢はこの異世界でしか叶わなくなった。いつ元の世界に戻るかわからないし、急がないといけない。レオンに特攻服を着てもらうまで、私は絶対に諦めない!


 ミシンに夢中なフリをしながら機を伺い、ノアが一時的に執務室を退出すると、さっそく脱出を試みた。そーっと部屋を出て、忍び足で廊下を歩く。


「ミナさま?」


 唐突に声をかけられて、私はびくりと立ち止まった。

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