第17話

「お気に召しませんでしたか? 私の自室の書棚から選びますか?」

「いえ……すみません。私、全然読めなくて」


 ノアさんは「ああ」と頷いた。


翻訳機コンバータをお使いでしたね。そちらは音声言語のやり取り以外不可でした……大変失礼しました」


 ふむ、と口元に白い手袋の手をやり、ノアさんは思案する。


「書物の他、貴婦人の趣味と言えば……編み物、縫い物、刺繍……」

「縫い物!? 刺繍!? できるんですか?」


 私の気迫に押されて、ノアさんが若干身を引く。


「ええ、この城にはミシンもありますし、全て一通り揃って――」

「ミシン!? ミシンがあるんですか!?」

「……興味がおありでしたら、こちらに持ってこさせますが」

「お願いします!」


 やがてノアさんがメイドに指示を出して、執務室にミシンが運ばれてきた。メイド達は私と目が合うと、怯えたように目を逸らして慌てて部屋を出て行く。なんだろう、私、ガン飛ばしちゃってた? 頭に疑問符を浮かべる私にノアさんが頭を下げる。


「申し訳ありません、彼女達には後ほど言って聞かせておきます」

「へ? 何をですか?」

「……ああ、貴女は他国の方でしたね。この国では、執事以外の使用人は、極力姿を見せるべきではないというのが常識です。今回の場合姿を現したのは仕方ないですが、お客様と目を合わせるなど言語道断です」


 そうなのか。だからメイドとか使用人とかあまり見かけないんだな。


「でも、クリスは?」

「……あの方は特別ですから」

「特別なメイドってことですか?」

「まあ、そんな所です」

「なるほど」


 メイドの代表ってことかな。とにかく私の興味は、目の前のミシンに移った。


「すごい! 本物の足踏みミシン!」


 私は大興奮で、見慣れないミシンを前後左右から観察する。黒いボディに、金色の装飾が美しい。


 服飾デザイン科だけあって、高校の授業でミシンの歴史は習ったけど、実際に足踏みミシンを見るのは初めてだ! 私は満面の笑顔をノアさんに向けた。


「ありがとうございます、ノアさ」


 白手袋の人差し指が、私の唇の前にそっと立てられる。


「ノア、で結構です。敬語もおやめください」

「……ありがとう、ノア」

「喜んでいただけて何よりです、レディ」


 極上の甘い微笑みに、私は思わず見惚れた。

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