続・天王山にて
扇風機が取調室の生ぬるい空気を搔き回す音が、僕と彼の間を行き来する。僕は写真を貼り付けた書類がめくれないように、両手で押さえる。写真には、彼が東京駅の券売機でこまちのチケットを購入する様子が写っていた。
「あんまりいぢめないでヨ」
彼が上目遣いに僕を見る。
「いじめてるわけじゃないですよ。あなたがしたことの証拠を見せているだけ」
「いじわるっ」
彼が瞳を潤ませて僕を睨みつける。泣きたいのは、こんな奴につきまとわれた被害者の方だ。
「いじわるだと思うなら、このメッセージを見た船木さんの気持ちが、想像できませんか」
僕は、彼が横手駅で被害者の船木三等陸曹を待ち伏せしていたときに送り付けたメッセージの写真を指でたたく。
『お母さん、綺麗だネ』
赤いビックリマークが、じっとりとこちらを見ているようだ。
「だってぇ、船木チャンがお祭りの邪魔するから」
彼の言う『お祭り』とは、彼の中隊が毎年夏、演習場で開催している祭典のことだ。毎度行方不明者が出るというこの祭典の捜査に、僕も参加していた。自衛隊側の協力者として、僕らを演習場まで案内するはずだったのが船木だ。実際には、船木は僕らと落ち合う前に彼らに捕まってしまい、今年の行方不明者になりかけたわけだが。
「現場への案内を依頼したのは我々警察ですし、その案内役に船木さんを選んだのは上司です。本当は分かってるでしょう」
「みんな!楽しみにしてた!お祭りだったんですうー!!うぅっ、うっ……。三沢さん!あなたには分からないでしょうけどね!!」
彼は僕の言葉を無視し、何度も拳で机をたたきながら泣き崩れる。僕は溜め息を飲み下した。
「そういえば、船木さんの上司とは仲が良いんですね」
「上司?」
「小野さん。小野一等陸曹」
「はにゃ?」
彼が首を傾ける。僕は彼の携帯電話の解析結果を引っ張り出し、彼と『おのきゅん☆』のメッセージの部分を示す。
「ずいぶん頻繁にやりとりしているようですが?」
彼は唇を尖らせたまま、瞳を左上に寄せる。
「ほら、お祭りの日も」
「お昼休み中にすみません」
僕が声を掛けると、谷元生安課長は閉じかけた瞼を持ち上げながらイヤフォンを耳から外した。携帯電話の画面の中で、パジャマパーティーズがくるくる舞っている。
「どした?」
「供述取れました。共謀はばっちりです」
「おっ」
谷元のつぶらな瞳が輝きを増す。
「令状請求しようか」
「はい」
僕は書類一式を押し込んだジェラルミンケースを抱え、警察署を出た。駐車場を横切っているところで、背後から僕を呼ぶ声が聞こえる。振り返ると、中島巡査長が走ってくるところだった。
「三沢部長、戻ってください」
中島の顔が青ざめているように見え、僕は思わず身構える。
「船木さんから110番入電してます」
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