天王山にて

取調べ室で彼に向き合うと、僕は緊張を抑え込むように、机の下で拳を2度握り締めた。これから始まる天下分け目の戦い、一世一代の大勝負を前にして、僕の心臓はかつてないほどに暴れていた。

「三沢さん、1つお願いがあるんだけど」

彼が神妙な面持ちで切り出す。

「何でしょう」

「顔、真ん中に集めてみて」

僕は手元の書類に目を落とす。

「次回までに練習しておきます」

「え、次回あるのぉ」

彼が頰を膨らませる。直後、彼は僕の背後に座っている中島巡査長に顔を向けた。彼の視線が、中島の顔、ネクタイの結び目、腰と移動し、また顔に戻っていく。

「君、可愛いネ。お名前は?自衛隊入らない?」

僕は彼と中島の間に顔を滑り込ませ、精一杯顔の全パーツを中心に集めてみせた。

「これでどうです?」

「うーん、イマイチ。色っぽさが足りないのかも」

「そうですか。それでは、あなたを逮捕した件で話を聞いていくんですけど」

僕は彼が被害者に送り付けたとみられるメッセージの写真を彼に示す。つきまとい被害から逃れようとした被害者を、駐屯地から秋田の実家まで追い回したときのものだ。

「この日この時間、どこにいました?」

「平日だし、フツーに課業中だったと思うヨ?」

彼は人差し指を立て、唇の端に当てる。僕は代休簿の写しを引っ張り出そうとしてやめ、横手駅の防犯カメラ画像を彼の前に突き出す。隅に写り込んだ人物を見て、彼は目に見えて狼狽した。

「うん、確かにこの服装には親近感あるけど……。でも、ウチの中隊にもいっぱいいるしっ。そんな珍しくないお!」

「服装……」

「ねえ、なんか暑くない?」

彼がくたびれたトレーナーの裾を引っ張る。僕は中島を振り返った。

「扇風機、持ってきてもらえないかな?」

「了解」

中島が取調べ室を出ていくと、彼は不服そうに唇を突き出した。

「あのコがいないなら何も話さないもんっ」

「別にいいですよ、話したくないなら」

言いながら、僕はこの事件の被害者、船木三等陸曹と交わした約束を思い出す。


「必ず真相を明らかにします。だからもう少しだけ、時間をください」

湖面を疾走するスワンボートの中で、僕は船木に語りかけた。

「分かりました。三沢さんがそうおっしゃるなら、耐えられます」

そう応えた船木が、今も恐怖と闘っていることを、僕はよく分かっている。

「全て終わったら、また一緒にスワンボートに乗りましょう」


僕は彼を正面から見据えた。

「捜査は尽くしたので。ただ、あなたの口から話してほしかっただけです」

彼の黒い瞳が、大きく揺れ動く。中島が、扇風機を抱えて戻ってきた。僕は、彼と僕の間に扇風機を置き、風の強さを『強』に設定する。羽柴だか明智だか知らないが、本当の戦いはここからだ。

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巡査部長・三沢の日常 無名 @mumei31

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