ハイウェイ追走曲

「三沢」

名前を呼ばれ、僕はキーボードを打つ手を止めて振り返った。ちょうど、刑事課の強行係長が部屋の入り口を踏み越えたところだった。彼が引き連れている若い男に見覚えがあり、僕は慌てて記憶の箱をひっくり返す。それは男も同じだったようで、視線が僕の上を何度も往復した。

「うちに来たんだけど、ストーカーなんだ、生安で聞いてくれないか」

「了解」

応えたところで、思い出す。あの日、例の中隊の夏祭りが催された夜。あの狂った祭典で、人柱にされかけた男だ。男も脳内検索を終えたようで、どろりとした瞳で僕の顔をじっと見ていた。


「何があったんですか」

船木と名乗った男を取調室に案内し、腰を下ろすと同時に尋ねた、尋ねずにはいられなかった。船木は机の端に視線を固定したまま、唇を舐めた。手のひらでくまの浮いた目元を擦る。

「監視されているんです」

誰に、とは聞かなかった。代わりに、ストーカーじゃなくて迷防だな、と心の中で呟く。

「自分、営内……駐屯地の中に住んでるんですけど」

船木が携帯電話を取り出し、画面にひしめくメッセージを見せてくる。

『船木チャンへ』

『見てるヨ』

ハンガーから垂れ下がった制服の写真が添えられている。僕は思わず背筋を震わせた。

「眠れなくなって、秋田の実家に帰ることにしたんです。駐屯地を出て、バスに乗って」

『どこ行くのカナ』

赤いハテナマーク。

『気を付けてネ』

ハートマーク、ハートマーク。

「怖くなって、でも、高速バスに乗れば大丈夫だと思ってました」

船木の指先が携帯電話の上を滑る。

「横手駅まで母に迎えに来てもらったんです」

『お母さん、綺麗だネ』

赤いビックリマーク。

『美人が多いってホントなんだ』

赤いビックリマーク、ビックリマーク。

「やっぱり怖くて、次の日には駐屯地に戻ることにしました」

『秋田いるの飽きた、ナンチャッテ』

黄色い顔が、片目を瞑っている。僕が携帯電話の画面から視線を上げると、船木と目が合う。黒々としたくまの上を涙が駆け抜ける。


一通り話を聞いて、僕は船木を駐屯地まで送り届けることにした。シルバーのセダンの後ろに彼を乗せ、警察署を出る。ルームミラーにずっと映り込んでいる車がある。船木がリアガラスに顔を向ける。僕が右にハンドルを傾けると、そいつも右に車線変更する。船木の呼吸が加速する。

「遠回りしますよ」

僕は一方的に告げ、ハンドルを握り直す。何度かの右左折を経て、インターチェンジをやり過ごす。加速車線に飛び込み、アクセルを深く踏み込む。ルームミラーに再び、あの車が現れる。ついてくるがいいさ、どこまででも。


警察署に戻ると、僕は手に入れたばかりの防犯カメラ映像を再生した。僕の運転するセダンが、ETCレーンに滑り込んでくる。次の車、これは違う。その次の車、これも違う。その次、ああ、こいつだ。車種よりも先に目に止まった胸毛で、僕は確信する。デジタルカメラに手を伸ばす。

「見てるヨ」

シャッターボタンを人差し指で押下しながら、僕は舌先で上唇をなぞっていた。

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