第91話

見慣れない部屋、脱ぎ散らかした衣服のかかったソファに座らされて、乃亜は項垂れていた。


(何度も断ったのに、無理やり連れてこられちゃった……健ちゃん、自分勝手なとこ変わってない)


 健のマンションは理央の部屋に比べると狭く、しかもひどく散らかっていた。付き合っていた時からだらしがない人だと思っていたが、その惨状に空いた口が塞がらない。


「悪い、散らかってて。仕事がキツくてさ……」


 言いながら、健は乃亜に手を差し出す。


「ちょっとスマホ貸して」

「スマホ? なんで?」

「いいから貸せって」


 渋々貸すと、健は何やら操作してから乃亜に返してきた。


「あの如月って男の連絡先、消しといたから。もう必要ないだろ」

「えっ!?」

「おまえ今まで、あの男のとこにいたんだろ? ヤッたの?」


 不躾な聞き方に気分を悪くしながらも、乃亜はぼそりと答える。


「彼とは……」

「ま、ヤッた訳ないよな、おまえブタだったし。痩せてきてそろそろ危なかったな、間に合ってよかった」

「…………」

「ほら、これ。大事にしろよ」


 スマートフォンと一緒に手渡されたのは、先程のジュエリーボックス。開けてみれば、小ぶりのダイヤモンドがキラキラと輝いていた。


(どうしよう。受け取るつもりなんてないのに)


「健ちゃん、私……」


 乃亜が返そうとした時、乃亜の薬指の指輪に気づいた健が眉を跳ね上げる。


「おい、何だよその指輪」

「あ、これは……」

「貸せよ」


 理央とのペアリング――大切な指輪を奪われかけた乃亜は焦った。


(健ちゃんに渡したら捨てられる!)


「これっ、私が自分で買ったの、気に入ってるから! 外すからとらないで」

「……わかった、今後は俺の渡した指輪をつけろよ」


 ほっとしながら指輪を外した乃亜は、それを素早くポケットに忍ばせた。

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