元彼のプロポーズ

第89話

翌朝から、理央はすっかりそっけなくなってしまった。ぎこちない雰囲気の中、乃亜は乃亜で気がかりなことがあり、それどころではなくなっていた。膝を立ててソファに座り、スマートフォンのカレンダーを眺めながら顔をしかめる。


(生理が遅れてる。止まらない食欲と、気分の悪さ……)


 悶々と悩みながら、スマートフォンの画面を消した。


(まさか、ね。ダイエット中は生理周期乱れがちって言うし。……でも、一応調べなきゃ)


「乃亜ちゃん」

「へっ!?」


 突然声を掛けられ、乃亜は飛び上がらんばかりに驚いた。いつの間にか理央が帰っていたようだ。乃亜は慌てて作り笑う。


「ごめん、帰ってきたの気づかなかった」

「どうしたの、何か考え事?」


 乃亜はぎくりとした。


(理央くんはあの夜のこと覚えてないし。もしそうだったとしたら、私は……どうするの?)


「乃亜ちゃん?」


 不思議そうな顔をした理央をじっと見つめる。


(話せない)


「ううん、何でもないよ。散歩、行こっか」


 乃亜は再び笑顔を作った。


 最近の乃亜は、一時間以上のウォーキングも楽にこなせるようになっている。離れ気味に並んで、公園を会話なく歩いていたところ、乃亜の目の端に見覚えのある姿が飛び込んできた。


「健ちゃん……!?」

「乃亜! よかった。ここで待ってたら、おまえと会えるんじゃないかと思ったんだ」


 駆け寄ってきて、乃亜の強く手を握りしめる健。乃亜は戸惑うばかりだ。


「健ちゃん、まさか待ち伏せしてたの?」

「そうでもしないとおまえ、会ってくれないだろ。悪かったよ、謝るから機嫌直せよ」

「え……?」

「オレが突然突き放したから、怒ってるんだろ? おまえはオレのために、こんなに痩せてくれたのにな」

「健ちゃん何言ってるの……?」

「ダイエットが時間かかるものだって、オレ、失念してたんだ。謝るから素直に戻って来い」


 健は少し距離を取って様子を見ている理央に、棘のある視線を投げた。


「あの男だって、オレの代わりだろ? おまえはオレじゃなきゃ駄目だもんな」


 そう言うと、健は理央に見せつけるように乃亜を抱き寄せる。


「おまえ、如月……なんだっけ? オレは乃亜が痩せる前から、ずっとそばにいたんだぞ。結婚も決めてた」

「健ちゃん、やめて」


 見かねた乃亜が口を挟むが、健は止まらない。


「勘違いするなよ、乃亜はオレが好きなんだ。痩せて綺麗になったとこを、横から盗ろうとしても無駄だからな」

「…………」


 理央は何も言わずに顔を伏せた。健は乃亜に向き直ると、両肩に手を置いてじっと見つめてくる。思い込みの激しい、必死なその様子に狂気すら感じて、乃亜はぞっとした。

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