第87話

「抱っこって……なに言い出すの?」

「来ないならあげないよ」

「行きますからください」


 ダイエット中だが、冬でもなかなか買えないと噂の、貴重なアイスクリームを食べないわけにはいかない。それに理央の好意も無碍にできない。


(食べた分、運動を頑張ればいいよね)


 理央の足の間に腰掛けて、わくわくしながらカップに入ったアイスクリームを開けた。カロリー低めのシャーベット系を選んでくるあたり、気を遣ってくれていることがわかる。一口食べると、フルーツの爽やかな甘さが口の中に広がった。


「美味しいー!」


 乃亜が声を上げると、クスクス笑った後、お決まりのようにポケットからスマートフォンを取り出し、乃亜に向ける理央。乃亜は顔を顰める。


「ちょっと、だから撮らないでよ」

「背後から見た、モグモグしてる君のほっぺ最高。いいでしょ、写真一枚くらい」

「やめてってば! いつも連写してるじゃな……きゃっ!」


 揉み合っていると、二人でソファに倒れ込んだ。理央を押し倒す形で彼を見下ろした乃亜は、状況に気づいて赤面する。


「あ、ご、ごめんね! よかった、アイスがこぼれなくて……」

「乃亜ちゃん」


 理央の上から退こうとしたのに、手首を掴んで阻まれた。理央は真剣な顔で乃亜を見据えている。


「やっぱり俺……」


 と、理央が切羽詰まった様子で言いかけたところで、乃亜のスマートフォンが盛大な電子音を鳴らした。姿勢を正し手に取った乃亜は、ディスプレイに表示された『健ちゃん』の名前に眉を寄せる。理央にも見えてしまったのか、彼はふいと目を逸らして、短く告げる。


「出なよ」


 そう言われても迷う乃亜だったが、着信音はなかなか鳴り止まない。根負けして通話ボタンを押した。

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