第85話

「もう少し待っててよ。僕なら治せるんだ。君が昔みたいに笑えるように、魔法をかけてあげるからさ」

「魔法……? 何言ってるの?」

「また忘れられてしまうかもしれないけど、僕は多分……ずっと好きだよ、君のこと」


 彼は舞い落ちる粉雪を背景にまとい、その綺麗な微笑みで乃亜の目を奪った。やがて去っていく背の高い後ろ姿を、乃亜はぼんやりと見つめていた。


「のんちゃん」


 ふと優しい声で呼ばれて、乃亜はハッとする。


「乃亜ちゃん、聞こえてる? 考えごと?」

「あ、ごめん。空想に浸っちゃって」


(びっくりした。のんちゃんって呼ばれた気がしたけど、聞き間違いだったのね)


 乃亜は思い出したばかりの少年の姿を思い浮かべた。


(それにしても、あの男の子はなんだったんだろう。すっかり忘れてた)


「そろそろ帰ろうか。モコモコでも寒いよね」


 乃亜の帽子を被せ直して、理央が悪戯っぽく笑う。その屈託ない笑い方に、乃亜がどれだけ惹かれてしまうのか、彼は知らないだろう。


 底冷えしそうな冷たい空気の帰り道を、寄り添い合って歩きながら考える。


(あと何回、同じ家に帰れるのかな。やっぱり契約結婚を……)


 女として愛されないとしても、理央は優しい。ならば結婚してしまえばいいじゃないか。そんな悪魔の囁きを心から追い出す。好きだからこそ、契約結婚なんて辛いに決まっている。


(ううん、もう逃げないって決めた。絶対痩せて、振り向かせるんだ)

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