第84話

ふと、目の前に白いものがちらつき始めた。


「あ、雪……」


 ふわふわと舞い落ちてくる粉雪。理央と寄り添ったまま白く霞む空を見上げた乃亜は、不意に忘れていた記憶を思い出した。


 沈んでばかりだった、高校生の冬。腫物のように扱ってくる家族の元に帰るのも気が進まず、学校帰りにベンチに座り込み、塞ぎ込む日々。


 止まらない過食、増える一方の体重。一向に消えない顔の傷跡。例えようもない自己嫌悪と喪失感で、涙が溢れて止まらなかった。毎日毎日、黙って座り込んでいると、冷たい冬風に晒された身体が冷たくなっていった。そのまま消えてなくなりたかった。


 ある日、そんな乃亜の背中を、不意に誰かが抱きしめてきた。


「泣かないで、のんちゃん」


 ぎゅっとしてから離れて、乃亜の隣に座る、他高の制服を着た少年。


「あなたはこの前の……のんちゃん、って……なんで私の名前……」


 乃亜が不思議に思いながら問いかけると、少年は苦笑した。


「君って本当にひどいよね。僕にとっては人生を変える出来事だったけど、君はそれを、記憶の片隅にも残してない」

「え……?」

「なんでだろうな。色々こじらせてるのかもしれない。君も僕も変わったのに、僕の気持ちだけ変われない」


 不意に頬がひやりとした。降り始めの細かい雪が、落ちてきて溶けたようだ。

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